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 子どもを被曝(ひばく)から守りたいと母子避難したお母さんの悲鳴を聞いてほしい――。5年前の福島第一原発事故の避難者に対する住宅の無償提供が2017年春に打ち切られる。避難指示区域の外から県外に避難したお母さんたちの話を聞いてきたジャーナリストの吉田千亜さんは、その切迫した状況を世に伝えたいと、「ルポ 母子避難―消されゆく原発事故被害者」(岩波新書)をこのほど出版した。執筆にかけた思いを聞いた。

■ルポ執筆、吉田千亜さんに聞く

 ――原発事故の避難者と関わるようになった経緯をまずお聞かせください。

 「私は埼玉県に住んでいるのですが、私自身も小さな子を抱え、事故の時は怖くて、遠くに避難するべきかどうか迷いました。結局、避難はしませんでしたが、もし自分が避難したら、きっと同じ境遇の方に会いたいはずで、その出会いの場をつくることなら私でもできるだろう、と。で、市役所に掛け合って公民館の部屋を押さえ、避難者の交流会を始めたのが12年4月でした。最初、来られたのはたった2人でしたが、だんだんと人数が増えて、多い時は、30~40人になりました」

 「ただ、後でお話ししますが、政府の避難指示を受けた区域からの避難者と、避難指示が出ていない区域からの避難者、いわゆる自主避難者の抱える問題の違いがだんだん分かってきました。そこで14年に入って、自主避難者だけの交流会も始めました。参加されたお母さん方は、これまでの経緯をわーと一生懸命に話されるんですね。それこそ手や唇を震わせながらです。ずっと一人で、言いたいことも言えない自主避難者の思いを私もそこで知るようになりました」

 ――自主避難したお母さんたちの苦しい実態が、本ではいくつも描かれていますが、一つの事例として、ある避難所で、避難指示の区域から来た初老の男性に、自主避難の母親が「帰る場所のあるやつは、帰れ」となじられる場面がありますね。

 「その男性も被害者ですから、そのお母さんは反論できないんです。自分は避難を認めてもらえないのかと、泣きだしてしまった、と。事故前の(一般人の)被曝限度は年間1ミリシーベルトでした。しかし、避難指示は年間20ミリシーベルという値を目安に出されました。なぜ、いきなり20倍で大丈夫というのか。お母さん方が心配するのは当然です。でも、それを、胸を張って言えない状況もあったのです」

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