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 健常児に近づけなくては。でも、2人とも療育なんて無理――。東京都の柴田靖子さん(51)には、重度の障害がある2人の子どもがいます。異なる環境で育てる中で、大きな発見があったと言います。

 柴田さんの社会人の長女(19)と、中学3年の長男(14)は生まれつき、脳内に髄液がたまる水頭症という障害がある。症状は人により様々だが、2人は言葉を発せず、車いすを使い、生活全般に介助が必要だ。だが、育ってきた環境は大きく異なる。

 長女は1歳前から親子で療育施設に通い、同様の障害がある他の子と共に歩行や発話の訓練を受けた。「発達させて健常児に近づけようと必死でした」と柴田さんは語る。

■見分けつかず

 5歳になる直前に長男が誕生。全てに介助が必要な日々に疲れた。「2人とも療育なんて無理。もう息子は発達しなくても、元気に育ってくれれば」と、生後7カ月で近所の一般の無認可保育園に入園させた。「捨て子をするような重い気持ちで」預けた初日、迎えに行くと、他の子に紛れて見分けがつかなかった。療育中心の生活で、健常児と全く接点がなかった柴田さんには、目からうろこが落ちる思いだった。

 その後、特別支援学級に通う小1の長女を放課後、地元の小学校の学童保育に預けた。療育訓練を受けても目の前の物に手を伸ばせなかった娘はブロック遊びに熱中し、職員の目を見て静かに話を聞くことを「勝手に」学んだ。

 柴田さんの「健常児像」も崩れた。何でも問題なくできると思っていたが、それぞれ個性があり、ぶつかりあい、「スゲー」とほめあって育ち合うことに初めて気づいた。

 「特別な場所で無理なことを克服させるより、多様な人間関係の中で、できないことは助けを借りる力をつけてやれば、社会でも生きていけるのではないか」。幼少期に集団の中でもまれ、たくさん葛藤する経験が必要と感じた。

■分離って必要?

 障害の早期発見、療育という傾向にある現在、「違い」を理由にいじめられないように、迷惑をかけないようにと、「専用コース」に誘導される流れが広がる。

 長女は学童保育を退所後、健常児と日常的に過ごす場がなくなった。特別支援学校で義務教育を終え、現在は福祉作業所に通所する。「いったん分離されると『合流』は本当に困難。大人が時折設ける『交流』では、友達になるどころか、関われない存在だと再確認させる面もある」と話す。

 こうした分断が、「障害者は不幸」という考えで引き起こされたとされる相模原市の障害者施設での殺傷事件や、容疑者に同調する一部の世論の背景にあるとみる。

 長男の就学時にも教育委員会から特別支援教育を勧められたが、学区内の公立小・中に進んだ。鉛筆を握ったまま動かせない手を介助者に支えてもらって文字を覚え、今ではタブレット端末の文字盤アプリで自由に会話もできる。冬には高校受験に挑戦する。

 一方の長女は、問いかけに、限られたジェスチャーで答える形で会話する。

 しゃっくりのように突然、所構わず声が出るチックの症状もあるが、それを理由に外出を控えることはしない。「居合わせた人にはお気の毒と本気で思います。半面、娘の声が、高齢者や赤ちゃん連れのお母さん同様、多様な人の存在を知らせ、社会を鍛えることにつながってほしいと願う気持ちもあるのです」(前田育穂)

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 しばた・やすこ 日本水頭症協会で刊行物を担当。近著に「ビバ! インクルージョン 私が療育・特別支援教育の伝道師にならなかったワケ」(現代書館)。