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国際平和シンポジウム(7月30日、長崎市)

 核なき世界を求めて――。7月30日に長崎市で開かれた国際平和シンポジウム「核兵器廃絶への道~オバマ時代から未来へ」(長崎市、長崎平和推進協会、朝日新聞社主催)では、俳優・映画監督の杉野希妃(きき)さんと文化批評家の切通(きりどおし)理作さんが「被爆の歴史を消さないために」と題して対談しました。杉野さんは広島の被爆3世。切通さんは長崎の被爆2世。自らも被爆2世であるフリーアナウンサーの東島真奈美さんが司会を務めました。壇上でのやりとりを詳しく紹介します。

     ◇

 司会 被爆71年を迎える今年5月、オバマ大統領が広島を訪れました。演説には、こんな言葉がありました。「いつか証言する被爆者の声をきけなくなる日がくるでしょう」というメッセージです。私の父も母も被爆者です。昨年、母が亡くなり、長崎市の平和公園でとりおこなわれた平和祈念式典のなかで、原爆犠牲者として新たにお名前が奉安された3373人の中のひとりです。

 私は長崎で生まれ、育ち、そしていま、長崎で生活している者として、母の死をとてもある意味、長崎ということで受け止めることになりました。いつか、証言する被爆者の声を聞けなくなるときがくる。これは遠くない現実と思います。広島・長崎のこの記憶をどのように私たちが受け継いでいくのか。長崎を最後の被爆地にするために、何をしたらいいのか。人類が二度とあやまちを繰り返さないために、何ができるのか。きょうは考えて参りたいと考えております。

 杉野さんは広島市で1984年に生まれて、おばあさまが被爆されている。広島の被爆3世です。切通さんは、文筆家で翻訳家のお母さまの狩野(かのう)美智子さんが、長崎の三菱兵器茂里(もり)町工場で被爆されている、長崎の被爆2世です。きょうは「被爆の歴史を消さないために」というテーマで、このおふたかたにお話を伺いたいと思います。

 司会 切通さんは長崎は二十数年ぶりだそうですね。

 切通 23、24年前に来て、それ以来です。原爆資料館はすっかり変わっていました。(隣接地に新しくできた国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館には)ひとりひとりの被爆者の方が登録されていて、名前を検索したら(手記や遺影が)出てくる、そういうふうになっていて、すごくびっくりして。案内してくださった方が、地元の人たちがここに(地上部にある「水盤」という施設に)涼みにくるんですよ、とおっしゃった。被爆した人たちのひとりひとりの証言が肉筆で書かれたそのままのものが、気軽に立ち寄って、いつでも読めることに、すごく僕は驚きました。

 司会 小さいころの原爆資料館のイメージとは変わったということですね。杉野さんは実は長崎訪問は初めて、と。

 杉野 恥ずかしながら。初めてで、こういう機会をいただけてうれしく思っています。空港におりたった瞬間、すごく空気感が広島に似ていると感じました。実際に街中に入ったときも、街の雰囲気とか空気の感じが広島に似ていて。それはなんでだろうと思っていたら、ある方が、祈りじゃないかということをおっしゃっていて、確かに、そういうちょっと、街の空気が澄んでいるということが長崎にもあると思いました。空港から5分くらいのところに小さな公園があったけれど、そこに平和都市宣言の小さな塔があったんです。その瞬間、長崎にきたんだという厳粛な気持ちになりました。

 司会 対談前に国立長崎原爆死…

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