ラグビー日本代表の司令塔として活躍し、代表監督も務めた平尾誠二(ひらお・せいじ)さんが20日、京都市内の病院で死去した。53歳だった。神戸製鋼関係者が明らかにした。

 平尾さんは1963年生まれ、京都市出身。京都・伏見工高では山口良治監督のもとで3年時に全国高校ラグビー大会で初優勝を果たした。同志社大に進んでからは、当時史上最年少の19歳4カ月で日本代表に選ばれ、史上初の大学選手権3連覇も達成した。

 神戸製鋼ラグビー部では主将も務め、88年度から日本選手権で7連覇し、黄金期を築いた。日本代表ではワールドカップ(W杯)に3回出場し、91年には日本の初勝利にも貢献した。現役時代は主にSO(スタンドオフ)としてゲームを組み立てる役割を担った。99年のW杯では日本代表監督も務めた。

 98年に現役引退後は神戸製鋼の総監督なども務め、近年はゼネラルマネジャーとしてチームの強化や編成に携わっていた。