[PR]

小さないのち 児相の現場で

 バジルのパスタを食べようとしたときだった。

 午後9時半すぎ、西日本にある児童相談所(児相)でいつものように残業をして帰宅したワーカー(児童福祉司)のケイコ(仮名)の携帯電話が鳴った。遅い夕食とはいえ、夫と向かい合い、ほっとした時間を過ごそうとしていた。

 児相からの着信に胸騒ぎがした。この日の夜は、緊急事態が発生すれば、対応しなければならない当番にあたっていた。

 病院から、虐待が疑われるとの通報があったという。小学生が脳振盪(しんとう)を起こして運ばれたので、病院に行って確かめてほしいとの依頼だった。

 ケイコはすぐに自宅を飛び出した。車を運転して約1時間。ほかのワーカーと病院で落ち合い、父親から何があったのかを聞いた。「質問しても息子が何も答えなかった。小突いた後に押し倒し、足で踏んづけた」とケイコに話したという。子どもは吐き気を訴え、そのまま入院した。

 帰宅したのは午前0時すぎ。夫はすでに寝ていた。ひとりで冷めたパスタを食べ、床に就いた。翌朝は午前8時半に出勤。その後、入院した子どもの一時保護に向かった。

 ケイコは虐待の対応チームに入って4年目の30代。大学を卒業後、別の仕事をしていたが、子どもが虐待で亡くなるニュースを見て、「自分が救う側に回りたい」と、この世界に飛び込んだ。

 だが、日々何が起こるかわからない緊張感と忙しさでへとへとだ。車で帰宅途中に夫と2人分の牛丼を購入したものの、眠気に襲われてハンドルを握れず、コンビニの駐車場で30分眠ってしまったこともある。

 ワーカーの中には、自身の子どもの世話を実家に頼らざるを得ず、「ほとんどうちがネグレクト(育児放棄)」とぼやく女性もいる。

 ある日の夕方、児相に連絡が入った。一時保護した後、乳児院に預けていた3歳の男の子が41度の熱を出し、肺炎の疑いがあって入院。児相職員の付き添いが必要になった。

 男の子を担当するヨウコ(仮名)が「私が泊まります」と声をあげた。「今日は帰れない」と夫にメールした。

 チーム3年目。この夜は、別の子どもの親に家庭訪問して会うことにしていたが、キャンセルした。翌朝には、別のケースで今後の対応を関係機関と話し合う重要な会議が控えていた。病院に行く前に資料を作っておかなくてはならず、パソコンに向かった。

 その様子を見ていた同僚が声をかけた。「午後9時までなら私が付き添いに行ってもいいよ」

 「ありがとう」。ヨウコは急いで資料を作り、午後6時半に児相を出て、いったん帰宅。シャワーを浴びて午後9時から病院に入った。結局、その夜は2時間ほどしか眠れず、朝7時に別の職員と交代。そのまま児相に出勤、会議に出かけて行った。

 入院した男の子は約1週間で快復し、退院の日を迎えた。その日は休日。ヨウコは休みを返上して病院に迎えに行き、乳児院に連れて行った。

 この児相は、全国でも人口比でワーカーの配置数が多い。それでも増える虐待の対応にてんてこ舞いだ。人材が育つのには6~7年かかるが、経験が3年以下のワーカーも少なくない。

 児相の元所長はいう。「いまの児相は保護者への対応と子どもへの対応、関係機関との連携を一手に担わされていて、もう限界。貧困の連鎖を断ち切る方策も含めて、未来を背負う子どもたちに社会としてもっと人と金をかけるべきだ」

 子どもを守る――。その使命のため、児相ワーカーたちの心身を削りながらの奮闘が続いている。

     ◇

 〈児童福祉司〉児童相談所で虐待や非行などの対応にあたる職員として地方自治体が任用する。ワーカーとも呼ばれる。児童福祉法で、社会福祉士などの資格や一定の実務経験などが要件として定められている。2015年度は全国で2934人おり、福祉などの専門職が全体の7割弱、残る3割強は一般行政職がついている。勤務年数は3年未満が4割超で、専門性の不足が指摘されている。

 人員不足も長年の課題だ。15年度に全国の児相が対応した虐待件数は10万件超と10年間で約3倍に増えたが、児童福祉司の人数は約1・5倍の増加にとどまる。厚生労働省は19年度末までに全国で550人増員する方針を示している。