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 「世界へ漕ぎ出す カヌーの魅力」の主なやりとりは次の通りです。

     ◇

 松原 オリンピックでメダルを獲得されて一番変化したことって何ですか。

 羽根田 カヌー競技も、僕ももちろん、ぜんぜん日本の中で認知されていなかったのが、銅メダルをきっかけにカヌー熱、ハネタク熱を高めていただき、ありがたいなと思います。

 中小路 今回の偉業、実は原田記者が予想していたんですよね。

 原田 おこがましいですけれども、メダルを取るとは思っていました。去年、リオと同じ会場でやったプレ大会で、メンバーもそんなに変わらない中で2位に入り、オリンピック2カ月前のW杯でも表彰台に上がっていて、「これはあるぞ」と。3位が確定した瞬間が、リオオリンピックのハイライトシーンだったんじゃないかなと思いますね。何とも言われぬ10年分の男泣きというか。歴史が変わった瞬間に立ち会えて本当に良かった。

 中小路 普段戦っている仲間が祝福してくれたのはうれしかったですか。

 羽根田 いつも国際大会で顔を合わせる良いライバルたちなんですけど、僕がスロバキアに10年間渡っていること、日本人、アジア人がこの競技でメダルを取ることの価値を一番理解していると思うので、素直にうれしいなと思いました。

 松原 カヌー競技の中でカヤックとカナディアンというのはかなり違うんですか。

 羽根田 僕がいきなりカヤックをやっても勝負にならないですね。それぐらい競技特性が違います。

 松原 女性でやられている方もいるんですか。

 羽根田 はい、結構たくさんいます。もう男性と半々くらいで。

 中小路 種目としてスラロームとスプリントも違います。羽根田さんの種目はスラロームですね。激流を下る。スプリントは静水をこぐ。

 羽根田 はい。同じカヌーというくくりにはしてほしくないくらい違う種目です。違うカヌーです。

 中小路 急流を下ると迫力があるんですよね。日本でスラロームの練習をするとしたらどこになるんですか。

 羽根田 富山県に素晴らしいコースがありまして、そこでは毎年4月に全日本選手権があります。ただ、そこでは水を1年通じて確保できないんですね。雪解け水のある春先にしか練習できないので、練習拠点としては及第点かなという感じです。

 会場の女性 東京オリンピックが4年後ですけど、それに向けて環境の整備によっては日本での練習の機会も増えてきますか。

 羽根田 はい。東京オリンピックのコースは葛西臨海公園にできるんですけれども、地の利がすごく働く競技ですので、なるべく実際の激流に長く練習を費やすことで有利になってくるので、競技場ができしだい日本に帰ってくる機会も増えてくると思います。

 中小路 日本の練習環境が整っていないからスロバキアに乗り込んでいったということなんですが、経緯を教えてもらえますか。

 羽根田 人工コースというのが大きなキーワード。僕が目標にしている大会は常にその人工コースで行われるんですけど、その人工コースが日本にはまだ一つもないのが現状ですね。普段から人工コースで練習していないと話にならないということですよね。自然の河川では全く練習にならないと考えて、高校3年生の時に行く決意をしました。東京オリンピックの招致が決まって、日本初の人工コースが作られることにすごくわくわくしています。

 中小路 一人目標にしている選手がいたとお聞きしました。

 羽根田 スロバキアには僕の尊敬する選手が一人いて。彼は16歳の時にアトランタ・オリンピックで金メダルを取って、それからオリンピックのメダルは五つも持っているような伝説的な選手です。

 中小路 マルティカン選手ですね。

 羽根田 僕が18歳でスロバキアに渡った当初、当然向こうは僕のことを知らなかったですし、日本人が何しているんだみたいな目で見られているんじゃないかと思った時もありました。徐々に実力がつくにつれて一緒に練習してくれるようになって、七つか八つくらい年は上なんですけど、ご飯も食べるようになって、すごくいい兄貴分だと思って慕っています。

 原田 マルティカンはリオにも来ていまして。羽根田選手がレース後にこそっと教えてくれたエピソードなんですけど、マルティカンに実は言われたんだと。「卓也、2020東京でオリンピックがあるけど、待つな。メダルは今しかないぞ」と。

 羽根田 リオに出発する前にスロバキアで彼と一緒に練習する機会があって、その際に「じゃあな、応援しているぞ」という言葉を交わす中で、原田さんが今おっしゃったような強い言葉をいただいて、すごく奮い立たされましたね。

 中小路 どこかで東京が最終目標だというのはあったんですか。

 羽根田 どこかで東京で有終の美を飾ればいいやという意識は無きにしもあらずだったんですね。でもその言葉を聞いた時に、もう今しかないと。

 中小路 スロバキアに押し掛けたことが素晴らしいと思うんですよね。最初はドキドキしましたか。

 羽根田 いや、全然。

 中小路 その度胸はどこから来るんでしょうか。

 羽根田 行くことのドキドキよりも、日本にいて低いレベルで終わってしまうことの不安の方が何倍も大きかったので。このままい続けてしまうことの不安の方が大きかったですね。

 会場の女性 来月からカナダにワーキングホリデーで行くんですけど、言語の習得を早くできる方法を教えてほしいです。

 羽根田 言語の習得ですか。何よりやってほしくないのは現地で日本人と接することですね。日本人と接したり、日本人のコミュニティーに入ったりすると、そこはもうカナダではなくなってしまうので。僕がスロバキア語を覚えられたのも、日本人が全くいなくて、スロバキア語しかなかったことが一番の秘訣(ひけつ)になったと思うので。

 会場の女性 私は羽根田選手も好きなんですけど、ミランコーチも結構好きで(笑)。終始一緒にいらっしゃると聞いているんですが、怒られて「ちぇっ」とか思うことはあるんですか。けんかとかは。

 羽根田 それはもうしょっちゅうです。練習中にぶつかることもありますし、普段の生活でも意見が違うことはあります。彼がまだ現役の時から仲が良くて、その流れでコーチングも受け始めたんですけど、最初は、友達として接していたのが選手とコーチの関係に変わったので、分かり合えないことも多くて、それが原因で大会に影響が出たこともありました。でも、最近はお互いの距離感というのを分かってきて、良い関係だと思います。

 松原 原田さんからご覧になって、羽根田さんの強みはどこでしょうか。

 原田 今はすごくほんわかな雰囲気を漂わせていますけど、試合となると本人は「トランス状態に入る」と言って、僕らを寄せ付けないような雰囲気を感じます。全日本の会場に行ってもなかなか高校生とかが羽根田選手に近づけないというような、そんな意外な雰囲気もまとっています。

 羽根田 それがすごく悩みの種になっていて。「いつも怒っていますよね」とか「不機嫌なんですか」とか、言われてしまう。原田さんにもそう思われているんだなとまたショックを受けています。

 原田 オリンピックの記者会見でも海外の記者が質問したんですよ。なんでもっと喜ばないんだって。

 羽根田 覚えてます。いつもそうやって言われるんですけど、自分にハッピーです、って答えました。

 会場の女性 学校でチアダンスという部活をやっていて、つらい時とかに音楽を聴いて自分の気持ちをコントロールしているんですけど、羽根田選手は音楽とか聴いたりしますか。

 羽根田 うーん、まあ落ち込んだからといって音楽はあまり聴かないんですけど、普段練習に行く時の中で聴いてる音楽はたくさんありますね。

 同じ女性 どんな音楽を聴くんですか。

 羽根田 B’zとかすごく前向きな曲があって、中でも「ねがい」って曲がすごい好きで、歌詞に「願いよかなえいつの日かそうなるように生きてゆけ」っていうフレーズがあって。もう一つ好きなフレーズが「自分で選んで歩いてきたこの迷路」。まさに迷路のような10年間だったので、その曲にはいつも励まされてますね。

 別の会場の女性 カヌーの質問じゃなくてもいいですか。お話を聞くとすごい精神力だなと思いまして、信じている言葉、裏切らない言葉、座右の銘を教えていただきたいのですが。

 羽根田 宮本武蔵さんの「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす」です。一朝一夕では自分の身につくものは何もなくて、千日万日の積み重ねでやっと練習としての成果が出るっていう、毎日の積み重ねが大切という言葉です。

 別の女性 カヌー以外で大好きなことがあったら教えてください。

 羽根田 最近ギターを始めました。僕はオフの日はほとんど部屋にいることが多いんですね。一日中部屋にいてぼーっとしてるのもあれなので、最近ギターを買いまして、合宿先にも持ってったりして、それですごく休養と練習のメリハリがついて、今年1年はめちゃくちゃ調子、成績が良いです。

 別の会場の女性 選手はどんな応援をされたいですか。野球だったら応援歌とかありますけれども。

 羽根田 カヌー・スラローム独特の掛け声みたいなのがあって、これ世界共通なんですけど、「アップアップアップ」って叫ぶんですよね。意味は「もっと上げてけ」とか「もっと攻めろ攻めろ」って意味なんですけど、それを叫んではどうでしょうか(笑)

 原田 あの、羽根田選手言っていいですか? リオからの帰りの飛行機の切符は、本当はスロバキア行きだったんです。それがメダル獲得で、急きょ日本へ帰ることにしたんですよね。

 羽根田 直接スロバキアに帰って1カ月、2カ月はそのままトレーニングを続けるつもりだったんですけど、銅メダルを取って、取った次の日にはすぐチケットを変更しました。

 中小路 そういうことがあったんですね。

 松原 2020年東京オリンピックについてどんな展望を今持ってらっしゃいますか。

 羽根田 4年後東京オリンピックの前にワールドカップとか世界選手権など目標にする大会がたくさんありますので、その一つ一つで表彰台に乗れるように頑張るのはもちろんなんですけど。といってもやはり、自国開催のオリンピックが大目標で、競技人生の集大成と考えているので、今回の銅メダルを下回るような結果だけは絶対に残したくないと思ってます。まあ「銀」というわけにはいかないと思うので、一番良い色のメダルを取れるように頑張りたいと思います。

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