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 児童虐待の実態を伝えた連載「小さないのち 奪われる未来」(10月16日~21日掲載)には、虐待の被害者のほか、育児ストレスに悩む親、行政や保育の現場で虐待問題に向き合う人たちなどから多くの声が寄せられました。2日間にわたって読者の声を紹介しながら、虐待をなくすために私たちができることを考えていきます。

親を愛せなくたって

 過去に虐待を受けたことがある人、子どもに虐待をしてしまったことがある人、それぞれから体験談が寄せられました。

●札幌市の女性(46)

 空手をしていた父親に幼いころから殴られ、蹴られ、床に投げつけられました。「ごめんなさい」と泣いて謝っても、馬乗りで往復びんたをされました。「お前のため」「しつけだ」と言われました。自分が悪い、恥ずかしいことだと思い、誰にも言えませんでした。

 母親にも、何日も着替えをさせてもらえず、学校でいじめられました。家にも学校にも居場所はなく、両親が離婚した中学3年生の終わりまで虐待は続きました。

 27歳のとき、うつ病を発症しました。病院に通う以外、ほとんど外出できない生活がいまも続いています。そのころ、母親ががんで亡くなりました。離婚後は一度しか連絡を取っていなかった父親も病気で亡くなったと聞きました。

 自分の心の病気は、親との関係にあると思います。「親も愛せない人間はほかの人を大事にすることなんてできない」と言われるたび、自分の気持ちの持って行き場がなくなり、苦しんできました。幸せな家庭のイメージが持てず、結婚して親になる道も選べませんでした。自分がもし親になっても、殴る以外の子どもとの接し方を知らないのです。

 40歳を過ぎて、「家族でも相性が合わない人がいる」「親を愛せなくてもいいんじゃないか」と思えるようになりました。これ以上、私のように苦しい思いをする子どもが出ないように、いま虐待されている子が救われますようにと願っています。

●静岡県の歯科医女性(41)

 親たちに存在を否定され続けて育ちました。私立中高の寮で過ごした6年間、母から心配の連絡は一度も来ませんでした。28歳で歯科医と結婚、年子を出産しましたが、夫の女性関係に悩み、生活費もほとんどもらえませんでした。暴言もはかれ、育児と仕事で疲れ切って市役所に相談しました。児童相談所に数日、子どもを一時保護してもらい、その間に夫と別居、後に離婚しました。児相の人が親身になってくれなかったら無理心中していたかもしれません。同じような経験をした人たちとともに、虐待やDV(家庭内暴力)に遭った女性が助けを求められる場を作りたいと考えています。

謝っても謝りきれない

●京都市の女性(51)

 4人の子のうち長男だけをかわいいと思えませんでした。幼い頃から視線が合わず、絵本を読んでも興味を示さず、甘えてもくれない。「男の子はこんなものかな」と思いましたが、次男は反応してくれる。私は長男を無視するようになりました。

 幼稚園で「愛情が足りていないのでは」と言われ、「あんたのせいで私がぼろくそに言われる」と腹が立ちました。殴り、蹴り、「あんたなんか産まなければよかった」と言いました。水を張った浴槽に顔を沈めたこともあります。あと5秒たっていたら死んでいたかもしれません。

 よく自宅にパトカーが来ましたが、「虐待はしていない」と否定しました。本当は「羽交い締めにしてでも、誰か止めてくれないかな」と思っていました。そのとき、「つらかったね、一度ゆっくりしようか」と誰かが言ってくれたら、受け入れられたような気がします。

 夫は「お前がなんとかしろ」と言うばかりで、私や子どもに暴力も振るいました。子どもたちに「逃げようか」と言うと、「働いていないから無理でしょ」と言われました。

 長男は中学生になると家で暴力を振るうようになりました。高校生になると「人間関係がうまくいかない。死にたい」と漏らしました。

 私も拒食症やアルコール依存症を経験しました。心療内科の医師から「仕方なかった」と言われ、「認められるとうれしいんだ。子どもなら、もっとうれしかっただろうな」と感じました。私も両親から無視されていたので、そんなことも知りませんでした。

 長男は今年、契約社員になって家を出て以来、実家には寄りつきません。謝っても謝りきれません。

同じ思い、させない

 虐待を受けたつらい経験を抱えながら、自分の子どもを大切に育てている人たちもいます。

●東京都の看護師女性(49)

 私の後頭部には長さ4センチほどの傷痕があります。小学3年生の時、「そろばん塾からの帰りが約束より1分遅い」と継母にどんぶり鉢で殴られた傷です。火の付いたマッチを押しつけられたやけどの痕もあります。家を出ることだけを目標に生き、寮のある看護学校に進みました。看護師になり、頼ってくれる患者さんの存在が「自分の居場所」になりました。

 結婚して2人の娘を育てました。いまは22歳と20歳。自分が甘えたかった気持ちを投影させ、よりかわいいと感じました。継母とはたまに電話でやり取りしますが、正直言って許すという気持ちにはなれません。でも、私を必要としてくれる人や場所のおかげで、穏やかな気持ちになれたと思います。

●東京都の女性(46)

 1歳で両親が離婚。父親の再婚相手の継母からは、玄関の外で寝かされるなどの虐待を受けました。再び離婚し、小学校低学年の時にきた3番目の「母」からは、冬に風呂掃除をしていたら頭から水をかけられたり、パンツ1枚でベランダに立たされたりしました。父親に床に投げつけられたこともあります。

 なぜそんなことをされるのか理解できませんでした。中学生の頃、父に「母親と私、どっちが大事?」と聞くと、もちろん母親だ、と言われました。

 ここには居場所がないと思って高校進学を諦め、中学卒業後、住み込みの働き口を探しました。

 34歳で結婚し、息子が生まれました。私のようなつらい思いはさせたくないと、宝物のように大事に育ててきました。私が風邪をひくと、おかゆを作ってくれるような優しい息子です。

脳の発達に悪影響

 虐待が脳の発育に与える影響について研究している福井大学の友田明美教授(小児発達学)に取材しました。友田教授によると、2003年に始めた米ハーバード大学との共同研究で、子ども時代に「性的虐待」「暴言」「激しい体罰」のいずれかを受けた人の脳を調べたところ、受けた虐待によって脳の別々の部位の発達に悪影響が見られました。

 性的虐待を受けた人は、目の前のものを見たり、視覚的な記憶形成と深く関わっていたりする「視覚野」の容積が通常より18%減っていました。暴言を受けた人は、コミュニケーションに重要な役割を果たす「聴覚野」の一部が変形していました。激しい体罰を受けた人は、感情や思考をコントロールし、犯罪の抑制力に関わる「右前頭前野内側部」の容積が約19%萎縮していた、などの変化が見られました。

 脳の変化により、行動にも支障が出ます。たとえば激しい体罰を受けた人の脳は、集中力や共感などに関わる部分などが減少しているため、うつ病の一種である感情障害や、非行を繰り返す素行障害などにつながる可能性が高くなります。

 友田教授は「脳は20代後半まで成熟が続くため、早い段階で安心できる環境に移り、専門的な心の傷の治療やケアを受けられれば脳の傷は回復する」と話しています。

これまでの掲載内容

 重大な虐待事案について自治体が作成した「検証報告書」の分析をもとに、検証の教訓がその後の虐待防止に十分生かされていない実態を10月16日付朝刊で報じました。社会面では、5歳の女の子が継母の虐待で亡くなった事件、母親が3歳の娘を橋から落とした事件、虐待を受けて施設で暮らす障害児の実態などを伝えた連載「奪われる未来」を6回掲載しました。

親がつらい経験話せる場を

 虐待を受けた子どもは、深く長く傷つき続けるのだと改めて感じました。誰にも話せず、心の傷に自分で向き合うしかない人が多くいます。虐待を受けて育ち、自らの子を虐待してしまう親もいます。心の傷を癒やすことは不幸な連鎖を断つことにもつながります。まずは、つらい経験を話せる場をつくることが必要だと思います。(山田佳奈)

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 ◆ほかに山本奈朱香、五十嵐聖士郎が担当しました。

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