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 太平洋戦争末期、パラオ諸島のペリリュー島で玉砕した水戸歩兵第二連隊と同島守備部隊の戦没者合同慰霊祭が23日、水戸市の県護国神社であった。県内外から戦友や遺族、賛同者ら、若い世代を含めて約120人が参列した。

 ペリリュー島では1944(昭和19)年9月から11月にかけて、米軍との戦闘で日本の将兵約1万人が戦死した。生き残ったわずか34人の一人で、元軍曹の永井敬司さん(95)=茨城町=は今年も、水戸二連隊ペリリュー島慰霊会が主催する慰霊祭に参列した。

 ペリリュー島に限らず、まだ多くの遺骨が戦地に残る。今年は4月に戦没者遺骨収集推進法が施行。水戸二連隊ペリリュー島慰霊会は前段階として、厚生労働省から情報収集事業を初委託された。この日の慰霊祭前の全体集会では、現地で集団埋葬地の測量などをしたことが報告された。

 昨年、ペリリュー島を訪問する前の天皇、皇后両陛下に招かれた永井さん。南スーダンに派遣された陸上自衛隊部隊の「駆けつけ警護」任務を危ぶみながら、「多くの犠牲の上に成り立った平和憲法。戦争ができるよう元に戻してはならない」と取材に答えた。(羽場正浩)