キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長が25日午後10時29分(日本時間26日午後0時29分)、死去した。90歳だった。弟のラウル・カストロ現議長が国営テレビで伝えた。2008年2月に議長職を辞任して以降も、指導部と国民に影響力を与え続けた「革命の英雄」の死去は、国民に深い喪失感を与えそうだ。

 ラウル議長は25日深夜、国営テレビで「キューバのいとしい国民よ。深い悲しみとともに、革命の総司令官フィデル・カストロが死んだと伝える」などと語った。本人の遺志で遺体は火葬にするという。

 カストロ氏は、バチスタ独裁政権を武力で打倒した1959年1月のキューバ革命で権力を握った。

 当初は米国との関係の正常化も模索したが、米系資産の接収などを受けて米国が61年に国交を断絶すると、社会主義路線を宣言。旧ソ連や社会主義諸国との関係を強めた。62年には、米国に向けたソ連製核ミサイル配備を受け入れたことで「キューバ危機」が起き、全面核戦争の寸前まで行った。

 米国の足元で成功した武力革命は、60年代の左翼運動に大きな影響を与えた。カストロ政権もプロレタリア国際主義に基づき、アンゴラなど第三世界での革命運動を積極的に支援した。

 しかし、経済の後ろ盾だったソ連が91年に崩壊したことで経済が危機的な状況を迎えると、社会主義体制を守りながらも市場経済の原理を部分的に取り入れ、観光開発にも力を入れて経済の立て直しを図った。

 06年7月に腸内出血で緊急手術を受け、議長職の権限を一時的にラウル・カストロ氏に譲った。その後も健康は回復せず、08年2月に議長を辞任した。

 キューバは昨年7月、ラウル議長のもとで、54年ぶりに米国と国交回復した。(ロサンゼルス=平山亜理)