昨年12月9日に85歳で死去した作家の野坂昭如(あきゆき)さんが戦時中、義妹と過ごした兵庫県西宮市内の防空壕(ごう)と親類宅の場所を地元の研究家らが確認した。野坂さんが自らの体験をふまえた代表作「火垂(ほた)るの墓」(1967年)の原点の地。これまではっきり分かっておらず、研究家らは「一周忌を前に明らかにできてよかった」と話している。

 野坂さんは幼少時に生母と死別し、神戸で貿易商を営んでいた叔母夫婦の養子になった。太平洋戦争末期の1945年6月5日、米軍による神戸空襲で家は全焼。14歳の野坂さんは1歳余の義妹を連れ、西宮市満池谷(まんちだに)町にあった親類宅や近くの防空壕で過ごした。

 満池谷町は貯水池「ニテコ池」の南側に広がる谷間にある。戦時中、斜面を利用した横穴の防空壕が10カ所ほど掘られていた。地元に住む土屋純男さん(73)と大阪府立桃谷高校講師の二宮一郎さん(68)=西宮市=はこの夏から、野坂さんの自伝のエッセー「ひとでなし」(97年)などや聞き込みをもとに壕や親類宅の場所を調べた。

 その結果、野坂さん兄妹がいた…

有料会員に登録すると全ての記事が読み放題です。

初月無料につき月初のお申し込みがお得

980円で月300本まで読めるシンプルコースはこちら