■7:新嘗祭

 「新米」というのは、収穫した年の12月31日までに精米され、包装されたお米のことをいう。最近は9月ごろから新米が出回るようになっているけれど、本来は新米を食していいのはある日を過ぎてから、と決まっていた。

 その日というのが、11月23日。現在は「勤労感謝の日」と呼ばれる日のこと。「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」目的の日であるが、この日が「勤労を感謝する」日になったのには理由がある。天皇が、その年に収穫された新穀を天神地祇(てんじんちぎ)にお供えになり、自らもそれを食されて、収穫に感謝するお祭り、新嘗祭(にいなめさい)が行われる日であるからである。

 新嘗祭は、古くは陰暦11月の2度目の卯(う)の日に行われていたお祭りで、明治6(1873)年以降は新暦の11月23日に行われるようになった。宮中三殿の神嘉殿(しんかでん)で行われる男性皇族しか参列を許されない特別なお祭り。潔斎(けっさい)をされ、モーニングに身を包まれて、深夜にまで及ぶ儀式に出かけていかれる父の後ろ姿は、子ども心にも「なんだかいつもと違う」ことを十二分に感じさせるものだった。翌日、「今年は寒かった」とか、「今年の白酒(しろき)は去年より出来がいい気がする」などというお話を聞きながら、私が一生見ることはない幽玄なお祭りの様子に思いをはせたものである。

 新嘗祭のときには、その年の新米で醸造された白酒と黒酒(くろき)がお供えされる。白酒は、甘酒のような白濁したお酒で、それにクサギという植物を焼いた灰を混ぜたものが黒酒である。神様にお供えされ、陛下も召し上がった後は、臣下にも賜りがある。直会(なおらい)の席で殿下方もお召し上がりになり、お下がりで頂いた白酒と黒酒が厨房(ちゅうぼう)に恭しく並んでいたのを、少しだけお味見してみたことがある。

 記憶の片隅にある味の感想は、「うわっ、酸っぱい……」であったような気がする。いわゆるどぶろくに近いような、昔ながらの製法で造るお酒なので、刻一刻と発酵が進み、味が変わるものであるらしい。お酒があまり得意でない私は、それから二度と頂くことはなかったのだけれど、これが神様のお酒というものなのか、と思ったことは、そのかすかな味の記憶とともに心に残っている。

 そういえば、ぐい呑(の)みというものができたのは、かなり時代が下ってからだ、という話を最近聞いた。昔のお酒はぐびぐびと大量に飲めるものではないので、ちびりちびりと小さな杯で飲んでいたはずだけれど、醸造の技術が進み、雑味の少ないお酒が造れるようになったので、ぐいっと一気に飲める大きな酒器の需要ができ、生まれたものなのだ、と。その話を聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、新嘗祭のお酒のことだった。ぐびぐびと飲めないお酒。あのときのお酒の味がようやく理解できた気がした。

 お酒というのは、やはり神様の飲み物なのだろう。少しずつ飲むことで、それを口にできることの喜びを昔の人は感じていたのかもしれない。

 新嘗祭では、神様が召し上がった新米とお酒を陛下もお召し上がりになる。神様が食されるより先に人間が新米を食すのは恐れ多いこととされ、今でも神社の方たちは、新嘗祭が終わるまでは新米は食べない、という方が多い。おいしいものをいち早く食べたいと思うのは人間の性(さが)。でも、一歩立ち止まって、神様のために作られるお米の意味を考えてみるのもよいのではないだろうか。(彬子女王)

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 あきこじょおう 1981年生まれ。10月に亡くなった三笠宮崇仁(たかひと)さまの孫で、故・寛仁(ともひと)さまの長女。京都産業大日本文化研究所研究員、国学院大特別招聘(しょうへい)教授などを兼務。公務に精力的に取り組むほか、「心游舎(しんゆうしゃ)」を創設し、全国各地で活動している。詳細は心游舎のウェブサイト(http://shinyusha.jp/別ウインドウで開きます)で。来年2月17日に東京都港区の乃木神社で大人心游舎講演会を開催予定。