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 安倍晋三首相が昨年12月、真珠湾訪問時の演説で言及した「平和国家」。その源流をたどると、1945年9月4日の昭和天皇の勅語に行き着く。敗戦から3週間、占領や戦犯追及が始まろうとする中、「平和国家確立」というメッセージを打ち出した狙いは何だったのか。

 勅語の第1案は国民の一致団結が強調されるばかりで、「平和的新日本を建設」という積極的な国家目標が示されるのは第3案から。この修正を主導したのは、東久邇宮稔彦首相や緒方竹虎内閣書記官長ら政権中枢だったとみられる。

 日本は45年9月2日に降伏文書に調印し、連合国に無条件降伏した。戦争を終結させたポツダム宣言は戦争責任の追及や戦争犯罪人の処罰を掲げており、戦争責任者に昭和天皇が含まれるか否かは、政府関係者の重大な関心事だった。

 「天皇の戦争責任を回避するた…

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