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 太平洋戦争中に旧日本軍が米軍と激戦を繰り広げた南太平洋・パラオのペリリュー島。双方で計1万2千人が犠牲となった「死の島」で何が起きたのか、残された資料映像や元兵士たちの証言で浮かび上がらせた映画「追憶」が、関西で相次いで上映される。

 ペリリュー島は、日本の南約3千キロの太平洋上にある。青く輝く海原を滑るように、カメラが緑に覆われた島に近づいていく。「この島で、太平洋戦争の末期に、日本軍とアメリカ軍のすさまじい戦いがありました」。美輪明宏さんの静かな語りで映画は始まる。自然豊かな島のあちこちに、廃虚となった軍施設や放置された軍用車両など戦争の爪痕が今も残る。

 映画は、1944年9月、当時日本の委任統治領だった島に米軍が上陸して始まった約2カ月間の死闘を、日本軍の守備隊を指揮した中川州男(くにお)陸軍大佐が日本の妻に宛てた手紙をもとにたどる。玉砕を意味する「サクラ、サクラ」の打電とともに、大佐は遺書も残さずに死を遂げた。

 2015年4月、戦後70年の節目の慰霊で島を訪れた天皇、皇后両陛下の映像も登場する。慰霊碑に花を供え、海に向かってそっと頭を下げる姿。小栗謙一監督(69)は、当時の報道を見て「ほかにも戦争の地はあるのに、なぜペリリュー島を選ばれたのだろうか」と感じていた。それが、映画製作のきっかけだったという。

 ペリリューの戦いに関する資料は国内にほとんどなく、「忘れられた島」とも言われる。小栗さんは、米海兵隊歴史部に残されていた当時のフィルム計108巻など資料を探し出し、生存者の証言も集めた。90代の島民女性は、開戦前後の島の様子を日本語混じりで証言した。戦った米兵からは、洞窟から姿を現す日本兵の様子を聞き取った。生き延びた日本兵を含め、証言者は大半が90代。「ぎりぎりの時間だった。鮮明に後世に伝えようとの思いが伝わった」と振り返る。

 映画製作のために取材を重ねる…

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