ベトナムを訪問中の天皇陛下。2日は皇后さまとともにハノイの自然科学大学生物学博物館を訪れ、自身が皇太子時代に寄贈したハゼの標本を鑑賞した。半世紀以上にわたりハゼの分類学研究を続ける陛下は、ベトナムでも「科学者」の顔を見せた。

 陛下が本格的に研究を始めたのは20代の時。海洋生物ヒドロゾアの研究を続けた昭和天皇の影響という。公務の合間に皇居内の生物学研究所に足を運び、顕微鏡をのぞく。新種として発表したものもあり、「コンジキハゼ」「ミツボシゴマハゼ」などを命名した。

 その一つが、ベトナム産「ウロハゼ」。1974年3月、東京農大から現地に派遣されていた多紀保彦氏が、ベトナム南部メコンデルタ地域のカントー川支流で採取し、その標本の一部を皇太子だった陛下に提供。陛下の研究の結果、ハゼの新種だとわかった。

 ベトナムの自然科学大学元教授のハ・ティン・ドクさん(76)によると、同国の魚類や動植物の研究は少なくとも仏領時代の1920年代から、フランス人ら海外の研究者が中心になって行われた。だが、54年に仏軍が撤退すると、多くの標本も海外に持ち去られてしまった。

 陛下は日本も同様に貴重な標本が海外に流出した経験から「標本は採集地に保管されるべきだ」との考えを持っており、ウロハゼの標本はベトナム国内での学術研究に寄与することを希望した。ベトナム戦争が終結した後の76年、寄贈が実現した。

 「本当にありがたく、当時、ベトナム政府は式典をひらいて歓迎した」とドクさん。「科学的な価値の高い新種の標本であり、重みが全く違う。本当に感謝しています」

 2日、両陛下はウロハゼの標本を鑑賞。天皇陛下は「久しぶりにまた標本を見ることができてうれしく思います」と笑顔で語った。(ハノイ=島康彦、鈴木暁子)

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 《天皇陛下とハゼに関する論文を共同執筆した五條堀孝・国立遺伝学研究所特任教授の話》 陛下と共同研究を始めた約20年前、皇居内生物学研究所の建物の奥に保管されていた膨大なハゼの個体標本を、陛下に案内され、慈しむように標本を見ながら個々に説明していただいた。その貴重で大変大切にされていた標本のほとんどすべてを、陛下は国立科学博物館に寄贈された。陛下は「特別扱いしないで欲しい」と言い、論文執筆で分からない言葉を自ら調べるなど、研究に真摯(しんし)に向き合われてきた。今回の訪問を機に、ハゼ研究の第一人者としての陛下の功績をさらに多くの人に知って欲しい。