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 台湾で1947年2月に起きた弾圧事件「二・二八事件」で銃殺された、ある台湾人画家の作品が日本で見つかった。3月に修復作業が完了する。大正末期に東京美術学校(現・東京芸術大)で学び、当時の「帝展」に入選した陳澄波(チェンチョンポー、1895~1947)。70年の時を経て、日本で、故郷で、悲劇の画家の再評価が進む。

 作品は、幅130センチのキャンバスに台湾の東海岸の風景を描いた油絵「東台湾臨海道路」。台湾総督を務めた上山満之進(1869~1938)が28年に退任する際に、当時、台湾を代表する画家だった陳に描かせ、その後、行方が確認できずにいた。

 見つかったのは一昨年の夏。上山の故郷の山口県防府市の歴史家が、市立図書館の書庫に保管されているのを確認。上山の死後、市に寄贈され、長く図書館に飾られていたが、劣化が進んで書庫に移されていた。

 陳の故郷の台湾・嘉義市に暮らす孫の立栢(リーポー)さん(64)は、発見の知らせに、すぐに防府市に飛んだ。陳の死後に生まれた立栢さんは「祖父に出会えた気がして、感動しました」。

 二・二八事件当時、陳は52歳。地元の名士で、嘉義市の議員も務めていた。国民党への民衆の抗議や抵抗が全土に広がるなか、市民を代表して他の議員と交渉に赴く。日本で教育を受けた文化人の陳は国民党からみれば危うい存在で、拘束され、3月末に嘉義駅前で公開処刑された。陳の長男で立栢さんの父の重光さん(90)は、遺体を戸板に載せて自宅に運んだ。

 その後、陳の存在は台湾で長くタブーとなった。事件後、初めて画廊で私的な作品展が開かれたのは、30年以上過ぎた79年になってから。「家の中でも、政治の話はしない、絵は描かないが暗黙のルールでした」と重光さんは話す。ひそかに屋根裏に保管した油絵やスケッチのほかは、散逸した作品が多い。家族は今も探し、データベース化する作業を続けている。

 防府市で見つかった油絵には、…

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