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 2月に伊賀市が「忍者市」を宣言して注目を集める忍者。昨年の伊勢志摩サミットでも伊賀忍者ショーが海外メディアの喝采を浴びるなど、国内外で人気と知名度が高まる中、世界を股に掛けて活躍する「伊賀忍者の末裔(まつえい)」のプロゲーマーがいる。

 テレビゲームをスポーツ競技としてとらえる「eスポーツ」が北米を中心に広がり、スポンサーと契約するプロゲーマーが日本でも増えてきている。伊賀の三大上忍の一つ「百地(ももち)家」の子孫・百地祐輔さん(31)もその一人だ。

 対戦型格闘ゲーム「ストリートファイター」(カプコン)シリーズを得意とし、2014、15年には世界大会で優勝を果たした。東京都在住だが、大会のため月の半分以上を米国や欧州などで過ごす百地さんは、海外の一部ゲームファンから「ニンジャ」の愛称で親しまれているという。

 愛媛県西予市で生まれ育った百地さんが自分のルーツを知ったのは18歳の時。父親から聞いた「百地家は伊賀忍者の子孫だ」という言葉に興味を持ち、調べると伊賀忍者との接点が見つかった。愛媛県にある祖母の墓に刻まれた家紋は、伊賀忍者の開祖と言われる百地三太夫と同じ「七曜星に二枚矢羽根」。戸籍をたどると、「三太夫の生家」が現在も残る名張市竜口付近に、祖父の代まで住んでいたこともわかった。

 忍者を含めた伊賀地方の歴史文化を研究する名張市郷土資料館の山口浩司さん(48)は「室町時代後期に、自分たちの土地を守るため一族単位でまとまったのが忍者の始まり。竜口付近の出身で『百地』姓なら伊賀忍者の子孫であることは間違いない」と話す。

 山口さんによると、当時の伊賀地域には大きな権力を持つ大名がおらず、親族ごとにまとまって武力を持ち、他家や他藩からの侵略に備えたという。「人数や武力に限界があるので情報力とゲリラ戦法が重要だった。諜報(ちょうほう)活動や判断力にたけ、素早く動く忍者のイメージはこうした歴史から来たと考えられる」とひもとく。

 ゲーマーとしての百地さんの最…

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