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 ロシア最後の皇帝ニコライ2世を退位に追い込んだ「ロシア二月革命」は、「国際女性の日」の女性たちのデモから始まった。しかし100周年の今年、ロシアでは記念行事はほとんど予定されていない。街頭で始まった民衆の抗議が政権を転覆させた事実に光を当てたくないプーチン政権の意向がありそうだ。

 第1次大戦中の1917年3月8日(当時のロシアの暦では2月23日)、帝政ロシアの首都ペトログラード(現サンクトペテルブルク)で、繊維工場の女性労働者たちがパンを求めてデモを開始。それに男性労働者や学生も加わった。

 鎮圧を命じられてデモ隊に発砲させられた兵士たちが12日に反乱を起こし、デモ隊に合流。15日にはニコライ2世が退位に追い込まれ、300年余り続いたロマノフ朝が終わった。

 女性が声を上げ、民衆が勝利したといえる歴史に対して、プーチン政権は冷ややかだ。保守派として知られるメジンスキー文化相は、2月18日のシンポジウムで「改革を行えるのは国家だけだ。1917年2月、ロシアでは国家の強化が必要だったのに、逆のことが起きた。それは国家の破壊だった」と述べ、二月革命の意義を全否定した。2014年にウクライナで親ロ派政権が崩壊したような、街頭のデモが「革命」に至ることへの嫌悪感がにじんでいる。

 独立系世論調査機関レバダ・センターが今年1月に行った調査では、二月革命を「国の発展への前向きな一歩」と評価する人が13%。「国の偉大さが失われた」との回答が21%。「肯定的な結果と否定的な結果が打ち消し合った」が23%で、評価は割れている。

 今年11月にはレーニン率いるボリシェビキが政権を奪取、世界初の社会主義国家となったソ連の誕生につなげた「十月革命」から100周年を迎える。

 プーチン大統領は昨年12月の年次教書演説でこの歴史に触れて「歴史の教訓は、和解と社会的、政治的、市民的合意の強化のために必要だ」と述べた。かつての革命の記憶が社会内の対立や政権批判に結びつくことへの警戒感がうかがえる。(モスクワ=駒木明義

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