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 時間の基準となる子午線。日本の時刻の基準となる東経135度子午線が通るのは、12市もあります。目には見えない線を誇りとして取り組みを続けているまちを歩き、その思いをたどりました。

■時紀行:世界標準時との差 9時間

 世界の標準時の基準として知られる英グリニッジ天文台。午後5時すぎ、テムズ川を挟んで北岸にあるロンドンの金融街で、人々が足早に行き交っていた。

 その時、日本は夜中の午前2時すぎ。日本標準時子午線(東経135度)を通る兵庫県明石市の市立天文科学館の上空には満天の星が広がっていた。

 日英の時差は、9時間。

 子午線とは、北極と南極を結ぶ架空の「経線」だ。子午線が15度離れるごとに1時間の時差が出る。

 時刻の基準が世界共通になったのは1884(明治17)年。かつて天体観測などをもとに地域ごとに決めていた。鉄道が国境を越えて発達し、時刻表などを作るため、共通基準をもとに時刻を定める必要が出てきた。米国であった国際会議でグリニッジ天文台を通る子午線が基準に決定した。日本の基準が決まったのはその2年後だ。

 1910年、今の明石市に日本で初めて子午線通過標識が設けられた。教育的価値を見いだした小学校教員らが給与から標識の費用を出し合ったという。

 60年にできた市立天文科学館は天体観測に基づく子午線上にある。高さ約54メートルの時計塔は「ときのまち」をうたう明石のシンボルだ。3階の資料室には横2・5メートル、縦1メートルほどの世界地図がある。明石、グリニッジ、イスラマバード、シカゴ……。子午線が引かれて時刻が示され、各都市との時差が一目でわかる。

 もし国際会議でグリニッジではなく仏パリ天文台が基準に決まっていたら、日本の基準は富山市や愛知県豊橋市付近などになっていた。

 市立天文科学館学芸員の井上毅(たけし)さん(48)は「明石が日本の基準になったのは天から降ってきたような偶然。不思議な縁を育てようと動いた先人の思いを大切にしたい」と話す。

 市立天文科学館を南へ。山陽電…

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