元日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)原爆被爆者中央相談所理事長の肥田舜太郎(ひだ・しゅんたろう)さんが20日、肺炎で死去した。100歳だった。通夜は25日午後6時、葬儀は26日午前10時30分からさいたま市浦和区瀬ケ崎3の16の10のさがみ典礼北浦和葬斎センターで。喪主は長男泰(ゆたか)さん。

 被爆者の医療に70年以上携わり、核兵器廃絶にも力を注いだ。

 広島出身。広島陸軍病院の軍医だった1945年、往診先の広島市郊外で被爆した。その経験から東京や埼玉に開いた診療所、日本被団協の中央相談所で被爆者の治療や健康相談にあたった。外見に異常はないのに不調を訴える被爆者を診るうちに、体内に放射性物質を取り込む「内部被曝(ひばく)」の存在に気づき、その危険性を訴えた。

 75年にはニューヨークを訪れ、国連事務総長に核実験の中止や内部被曝の実態を訴えた。以降も欧米各国を訪れ、核兵器廃絶を呼びかけた。原爆症認定集団訴訟では、原爆投下後に広島や長崎に入った被爆者が内部被曝していたことを、臨床経験などに基づいて証言。原告の被爆者たちを勝訴に導いた。

 2011年の東京電力福島第一原発の事故後には、放射線による健康被害についての講演依頼が相次ぎ、自身の体験を語った。

 日本被団協の田中熙巳(てるみ)事務局長(84)は「日本被団協に中央相談所を創設した当時から関わっていただき、被爆者相談の要だった。原発事故をめぐる不安が漂う中、まだまだ助けてほしかった。すごく寂しい」と話した。