[PR]

 人と人のつながりは、切れたり、切ったり、飽きたり、湧いたり。

 トオルさんは73歳。子どものころ、父親は腸チフスで他界。同じころ、母親は結核に罹患(りかん)し、療養所に長期間の入所。トオルさんら6人兄弟は、鳥取県の西部と東部にあるこども学園などの児童養護施設に、3人ずつ分けて預けられた。

 トオルさん、成人し、大阪に出た。仕事に就くが頓挫。結婚をするが頓挫。鳥取に帰り、日雇い仕事をして、古い木造のアパートを借り、一人暮らしを始める。トオルさんはやさしい人柄で、近所のご夫婦に可愛がられた。おすそわけにおでんや炊き込みご飯をもらい、その代わりに家の前を掃いてあげた。

 トオルさん、がんになった。入院。アパートに帰りたがった。「おばさんがご飯つくってくれる」。人のぬくもりのあるアパートがよかった。世の中うまくいかない。おばさんの旦那さん、病気が見つかり総合病院に入院。「面倒は見れないよー」と断られた。

 トオルさんの病気は全身に転移した。口にする言葉は「ありがとうございます」の一言。ある日、「弟に会いたい」と漏らした。子どものころに別れ、その後めったに会うことはなかった。家族のつながりがほしかった。大阪の弟さん、「女房が大病で入院していて、そっちにはなかなか」。トオルさん、気落ちした。

 急変。「行くぞ、待ってろー」。3人の兄弟たちが、あちこちからそろった。こども学園の園長も。「トオルくーん、がんばったなー」「トオルー、おいトオル」

 2日後他界。朝の9時、お兄さん、園長先生が来てくれて見送り。その中に近所のあのおばさんがいた。「どっちが夫婦かと思うくらい、助けたり、助けられたりでした」

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。