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 医学史上の大発見の代表としては、英国の外科医、ジェンナーによる天然痘予防接種(ワクチン)の開発(1796年)、日本の外科医、華岡青洲による世界初の全身麻酔下乳がん摘出手術(1804年)、ドイツの物理学者、レントゲンによるX線の発見(1895年)などが挙げられます。

 比較的最近で最も多くの人命を救ったと考えられる大発見は、最初の抗菌薬「ペニシリンの発見」です。抗菌薬は「抗生物質」とも呼ばれますが、本稿では抗菌薬で統一します。

 1929年、英国の細菌学者のフレミングがブドウ球菌をシャーレ皿で培養していたところ、偶然アオカビがそのシャーレに混入。そのカビの周囲にはブドウ球菌が発育しなかったことから、アオカビが細菌を殺す物質を産生していることを発見しました。

 その物質はアオカビの学名(Penicillium)にちなんで「ペニシリン」と名付けられました。ベンジルペニシリン(ペニシリンG)として純粋な形で取り出され、実用化に至ったのは42年。いまから75年前のことです。それまでは感染症にかかっても、水分補給くらいでひたすら回復を待つしかなかったのです。

 ペニシリンが開発された当時は第2次世界大戦の真っただ中でした。戦争で多数の人命が奪われる一方、ペニシリンは多くの負傷兵の命を感染症から救いました。戦争が終わった45年からは民間にも開放され、50~60年代に40歳代から60歳代へと急上昇した日本人の平均寿命の伸びにも寄与したと考えられます。

 フレミングの「ペニシリンの発見」、フローリーとチェインによる「ペニシリンGの実用化」は感染症の治療を劇的に変え、その功績によりこの3人にはノーベル医学生理学賞が授与されました。フレミングが最初にペニシリンを発見したシャーレは他の菌が生えぬよう処置され、現在では大英博物館の展示物となっているそうです。

 しかし、ペニシリンGも万能ではなく、次第に効きの悪い菌が目立ってきました。そのため、医学者や製薬会社はより効果のある抗菌薬を求め続け、数々の新薬が開発されました。それらによりほとんどの種類の細菌に対し効果のある抗菌薬が誕生し始め、「人類は細菌感染症に打ち勝った」かと思われたのですが、細菌の側も新たな反撃をしかけてきました。それが「耐性菌」の誕生です。

 実は61年にはすでに、当時最強クラスのペニシリン系抗菌薬であった「メチシリン」が効かない黄色ブドウ球菌、すなわち「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(=MRSA)」が報告されていました。MRSAはその後徐々に世界中の病院に出現するようになっていったのです。

<アピタル:弘前大学企画・今こそ知りたい! 感染症の予防と治療>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/hirosaki/(弘前大学大学院医学研究科臨床検査医学講座准教授 齋藤紀先)