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 「みちのくの小京都」として知られる仙北市角館町。藩政期の武家屋敷が残り、桜の季節には100万人以上が訪れる県内屈指の観光地になっている。旧幕府と維新政府が戦った戊辰(ぼしん)戦争で危うく戦火を免れたが、その陰に長崎・大村藩などの援軍があった。「角館の町並みを守ってくれた恩人」。住民は15歳で戦死した少年藩士をたたえ、長崎県大村市との交流を続けている。

 少年は大村藩から角館に派遣された「吾往(ごおう)隊」の一人、浜田謹吾。同隊約330人の最年少で、太鼓をたたいて味方に合図を送る鼓手を務めた。1868(明治元)年11月、佐幕派の庄内藩に占領された大仙市刈和野の奪還のため出撃し、流れ弾が頭に当たって死亡した。

 「ふた葉より 手くれ水くれ 待つ花は 君がためにぞ 咲けやこのとき」。死後、着衣の襟に母が縫い付けた和歌が見つかった。病気の父に代わって参戦した不運や、子を励ます母の愛情が住民の感動を呼んだという。角館攻防の戦いで大村藩士計7人が死亡したが、最年少の謹吾が犠牲者を象徴する存在として語り継がれてきたようだ。

 謹吾ら大村藩士は約1カ月間、…

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