[PR]

 前回お話ししたように、1929年のペニシリン発見によって人類は細菌感染に対する強力な武器を得たわけですが、それから、「抗菌薬が効かない菌(耐性菌)の出現」と「それを殺す新たな抗菌薬の開発」という、いたちごっこが始まりました。

 61年、耐性菌として注目を集める細菌が登場します。当時最強クラスのペニシリン系抗菌薬であった「メチシリン」が効かない黄色ブドウ球菌、すなわち「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」です。その後、MRSAのアウトブレーク(爆発的な感染の広がり)があちこちの病院で発生し、それによる死亡例も次々と報告されるようになります。

 MRSAにはバンコマイシンという切り札的な抗菌薬がありますが、この薬は腎臓に負担をかけるので十分に投与できない例も多かったのです。また、感染症は「原因菌に効く抗菌薬を投与すれば治る」と誤解している人がいますが、そうとは限りません。その人の体力(栄養状態)や、もとから持っている悪さをしない常在菌の力、免疫反応など、感染菌への総合的な防御力が必要なのです。

 菌の種類によって耐性菌が出現する仕組みはさまざまなのですが、多くの病院に耐性菌が広まってしまった原因は主に二つあります。環境・衛生に対する意識レベルの低さ(特に手洗いの不履行)と、抗菌薬の不適切な使用です。

 例えば、MRSAはそう簡単に体内で生まれるわけではなく、ほとんどが手洗いの不履行による接触感染で広がります。大腸菌や緑膿(りょくのう)菌の耐性菌が増えている理由は、主に抗菌薬の不適切な使用によるものです。

 一般に耐性菌についての知識がまだ乏しかった時代、抗菌薬の使い勝手の良さから、世界中の医師が気軽に抗菌薬を投与する傾向がありました。ウイルスによる感染やその他の原因による発熱かもしれないのに、「とりあえず(念のため)抗菌薬を投与しておく」という時代が続いたのです。また、抗菌薬をいつでも薬局で買える外国ではとくに耐性菌が増えていきました。家族が熱を出した場合、なんとなく「抗菌薬を飲ませておいた方が安心」という心理から乱用される傾向があったのです。

 今でも、ごく一部の医師に残っている「とりあえず抗菌薬を投与」という意識が耐性菌を生んでいます。

 例えば、尿路感染症の原因で圧倒的に多いのは大腸菌ですが、普通の大腸菌はふだんから私たちの消化管などに存在している常在菌で、他の菌と比較してそれほど繁殖能力が高いわけでも、悪さをするわけでもありません。しかし、不用意に抗菌薬の投与を始め、それを長期間続けると、抗菌薬にさらされた一部の大腸菌が変異して耐性遺伝子を持ち始めます。そして抗菌薬に耐性を持つ菌に生まれ変わっていくのです。

 また、抗菌薬にはその菌を殺すために必要な最低限の濃度(最小発育阻止濃度)というものがあります。抗菌薬の投与量が中途半端に少ないと、体のあちこちで最小発育阻止濃度よりも低い濃度で菌が抗菌薬にさらされます。そのような状態が最も耐性菌が生まれやすい環境なのです。

 現在の抗菌薬適正使用の原則は「本当に必要な時のみ」「使うならば十分な量を必要な期間のみ」です。

<アピタル:弘前大学企画・今こそ知りたい! 感染症の予防と治療>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/hirosaki/(弘前大学大学院医学研究科臨床検査医学講座准教授 齋藤紀先)