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 人間には「七つの大罪」があるらしい。カトリックの教えである。「暴食」「色欲」「強欲」「憤怒」「怠惰」「傲慢(ごうまん)」「嫉妬」の七つ。心当たりある、他人事じゃないわ、と思う。誰もが人生、これらの罪を避け切ることは至難、と思う。

 「人の死に立ち会う、よくそんなハードな仕事続けておられますね」と声を掛けられることがある。「人を助けたいんです」、みたいなことはここまで年を重ねると、気恥ずかしくて言えない。「ええ、罪滅ぼしで」となら言いやすい。「戦場に行かなかった罪」「地震や津波で家族を失わなかった罪」「自分が死ななかった罪」「今年も無事に桜を見た罪」。えっ、それって罪かあと言われそうな罪の、罪滅ぼし。

 仏教は、罪や悪の反対側にある善、施しが人間にはあるとして、「無財の七施」を教える。「眼施(げんせ)」「和顔施(わがんせ)(優しい顔をする)」「愛語施(あいごせ)(愛情ある言葉を使う)」「身施(しんせ)(体で奉仕)」「心施(しんせ)(心配り)」「牀座施(しょうざせ)(座布団を出したり、席を譲ったりする)」「房舎施(ぼうしゃせ)(宿を用意する)」の七つ。身分も知識もお金もない者でも、これらの行為を他人にしてあげることができるという。

 最初の「眼施」は、やさしい目で人を見るということで、容易そうで奥深い行為、とも思える。ホスピスケアに限らず、ケアそのものの原点は「眼施」、だろう。

 死の臨床の原点ともいえることを青木新門さんは「納棺夫日記」(文春文庫)に書いている。「末期患者には激励は酷で、善意は悲しい。説法も言葉もいらない。きれいな青空のような瞳をした人が側(そば)にいるだけでいい(要旨)」。

 日に日に老眼が進む中で、そんな瞳について憧れながら、考えている。

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。