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 西南戦争で断ち切られた薩摩藩士の絆を結び直したい――。西郷隆盛の曽孫(ひまご)で陶芸家の西郷隆文さん(69)=鹿児島県日置市日吉町=が、幕末・明治の藩士の子孫同士で集い、語り合う「同窓会」の構想を練っている。明治維新から150年の節目を迎える来年の実現を目指している。

 薩摩藩士の「分断」になったのは、1877(明治10)年に西郷隆盛や篠原国幹、村田新八、桐野利秋らが率いる薩摩軍が、明治新政府に対して挙兵した西南戦争だ。

 新政府側には、西郷の盟友である大久保利通や幼少期からの親友吉井友実、後に内閣総理大臣になる黒田清隆、初代警視総監を務める川路利良らがおり、西郷の実弟である西郷従道、いとこの大山巌もいた。

 肉親や友人が敵味方に分かれた戦いは、新政府軍の勝利で終わった。

 隆文さんは「勝ち負けに関係なく双方に負い目やわだかまり、しこりのようなものが残ったのではないか」ととらえている。幼い頃に両親らから、西南戦争の後、新政府側だった人の中には「もう鹿児島には帰れない」と、先祖の墓とともに鹿児島を去った人が多かったと聞いた。また、戦争で夫や息子らを失って暮らしが困窮し、新政府の人たちを責める薩摩軍の遺族もいたという。

 「あの時代、どちらも大変な目に遭い、大変な思いをした」と隆文さん。維新から150年を迎える今、子孫が鹿児島に集って語り合い、先祖に代わって「仲直り」する場を設けたいとの思いを募らす。

 隆文さんが理事長を務める「NPO法人西郷隆盛公奉賛会」が31日に総会を開催。実行委員会を結成し、具体的な進め方を検討する。所在がわからない人も多いため、子孫の間のつてをたどって連絡先を調べる。

 隆文さんは「西郷も同窓会を開くことに『よか、よか』と言ってくれるのではないでしょうか」と目を細めていた。(町田正聡)