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 「共謀罪」法案は小泉政権時代から3度の廃案を経て、足かけ十数年にわたり議論されてきた。なぜ成立しなかったのか。衆院法務委員会で採決寸前まで行った2006年の通常国会当時に法相を務めていた元衆院議員の杉浦正健弁護士(82)に聞いた。

 ――「共謀罪」を創設する法案は3度の廃案を繰り返し、2000年代から足かけ10年以上にわたって審議された。なぜ、ここまで時間がかかったか。

 日本政府が00年に国際組織犯罪防止条約に署名し、外務省が「加盟するには共謀罪の創設が必要だから」と主張しているのを聞いた時は、「なにを言っているんだ」と思いましたね。

 日本には共謀共同正犯の判例理論が確立していて、幅広く共犯を処罰できる。創設せずに対応できるとして「留保」を付けて加入する選択肢もあっただろうと。対象犯罪が600以上というのも「多すぎる」というのが、当時の素朴な感覚でした。

 ――とはいえ、当時の国会審議や会見では、法案に理解を求める発言をした。

 政府提出法案だから、大臣として必要な答弁はしたが、正直、本気で通すつもりはなかったですね。

 ――法務大臣を務めていた06年通常国会では、衆院法務委員会で採決寸前まで行った。

 その時も、成立まで行き着く状況にはなかった。当時は野党だけでなく、公明党や自民党にも法律家の議員を中心に慎重論が根強く、尊重するべき意見も多く出ていた。

 刑罰法規を新しくつくる時には、立法府は抑制的であるべきだと思うし、実際にそうだったのでしょう。

 ――今回の「共謀罪」法案についてはどう考えるか。

 当時から国際的なテロや薬物犯罪などは世界的な課題で、国際協力や情報共有の態勢を整える必要性はよく理解できた。

 テロは着手されたらおしまいだ。共謀はもとより、何らかの準備行為があっても、従来の「予備罪」は成立しない。そんな「すれすれ」の部分に絞り、何らかの立法化を図る必要はあると考えていました。

 それが、「共謀罪」が議論になってからのこの十数年の経過に表れているのではないでしょうか。

 ――今国会で法案が再び提出された時はどのように感じましたか。

 「その時が来たか」と思いましたね。処罰対象を「組織的犯罪集団」に絞り、犯行現場の下見などの具体的な「準備行為」を要件に加えた。東京五輪が迫る中で、国際協力という観点を考えても、「これならいいんじゃないか」という内容だろうと。

 ――「組織的犯罪集団」や「準備行為」の定義はあいまいで、拡大解釈される恐れがある、などの懸念が指摘されている。

 刑事法制を変えるのだから、懸念が出るのは当然でしょう。「準備行為の定義があいまいだ」として様々な議論が出ているのも、必要なプロセスだ。国会で具体的な事例を一つひとつ挙げて、質問と答弁を積み重ねることでクリアにしていく。それが立法府のつとめだと思います。徹底した国会審議を望んでいます。(聞き手・市川美亜子)

     ◇

 〈すぎうら・せいけん〉 弁護士。元自民党衆院議員。05~06年の11カ月間、小泉内閣で法相を務め、06年通常国会で「共謀罪」の創設を含む法案の国会審議に当たった。就任時に「死刑執行命令書にサインしない」と発言。撤回したが、在任中の死刑執行はなかった。

■取材後記

 元法相が当時の法案に批判的だったのは印象的だった。「今だから言える」とはいえ、「留保を付けて条約を批准する」という考え方は、主に反対派が主張していた。確かに当時の衆院法務委員会では、野党が次々に法案の問題点を指摘。自民や公明も法律家を中心に慎重論が根強かった。

 杉浦氏は今回の法案は一定の評価をし、拡大解釈などの懸念は「国会審議で事例を積み重ねてクリアにしていける」との立場だ。だが、果たしていまの立法府にその役割は期待できるのか。杉浦氏は「現役でないので」と発言を控えた。