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 熱湯を入れて3分たてば、いつでもどこでも食べられるカップ麺。世界初となる日清食品の「カップヌードル」は46年前に誕生した。いったいどんな発想でつくられたのだろうか。

■時紀行

 年間約75万人が訪れる大阪府池田市のインスタントラーメン発明記念館。訪日客にも人気だ。米国から旅行で来たドナルド・ジュリアンさん(28)は歴代約800種の商品が並ぶ「インスタントラーメン・トンネル」を見上げ、「こんなに多くの種類があるなんて」と目を丸くした。

 運営するのは日清食品の関連団体。同社の創業者、安藤百福(ももふく)〈1910~2007〉が初の即席麺「チキンラーメン」を生み出したのは1958年のこと。研究の末、13年後の71年9月、世界初のカップ麺「カップヌードル」が発売される。袋麺は25円ほどなのに、1個100円。当初は「高すぎる」と問屋に断られた。だが11月、東京・銀座の歩行者天国で売り出すと潮目が一気に変わった。

 昨年まで日清食品ホールディングスの最高執行責任者を務めた中川晋さん(70)は、若手社員として当時、売り場を手伝った。デパート地下の食堂で湯を沸かし、やかんを持って階段を駆け上がった。路上には待ちわびる若者らの行列。1日で2万食が売れた。「新たな時代が目の前で始まろうとしている」。胸の高鳴りを感じたという。

 いま、カップヌードルは80カ国以上で販売され、累計400億食を超えた。「熱湯3分」にかけた開発者たちの思いをたどった。

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 一軒のトタン屋根の小屋がインスタントラーメン発明記念館の一角にある。裸電球に照らされた手回しの製麺機や大きな天ぷら鍋。日清食品創業者・安藤百福(ももふく)が初の即席麺「チキンラーメン」を生み出した場所が再現されている。

 安藤は当時48歳。事業に失敗し、全財産を失っていた。大阪府池田市内の自宅で丸1年、寝る間も惜しんで開発に没頭。そして、妻が天ぷらを揚げるのを見て、麺を油で揚げて水分を飛ばす方法にたどりついた。

 チキンラーメンが世に出る前年の1957年、大阪ではスーパー「ダイエー」が創業。工場でつくった食品を大量に売るルートができた。高度成長期の慌ただしい時代に、手軽なインスタント食品はうってつけだった。当初のパッケージには、熱湯を入れ「1乃至(ないし)3分程置く」とある。安藤には「空腹のときはどうしたって3分以上は待てない」との思いがあったという。

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