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■寺島智恵子さん(75)旧広島市小網町で被爆

 陸軍に所属していた父が松江市から配置換えになったのを機に、寺島智恵子さん(75)は1945年2月、広島市に引っ越した。当時3歳。「その日」も、いつもと変わらなかった。

 父の出勤時間に合わせて窓際に布団を重ね、その上で手を振って見送った後、建物疎開に向かう母と一緒に、自宅から旧広島市小網(こあみ)町へ。作業開始前、路上に落ちたビラを拾い、母に読んでもらおうと石段を上がり、隣に腰を下ろそうとした。その時――。

 「超特急の列車が走りすぎ、稲妻が落ちたように感じた」。爆心地から0・8キロ。どうやって生き延びたのか詳しくはわからないが、避難した広場で出会った女性のことは忘れられない。両足がなく、全身は真っ黒。「おいで、おいで」と、ゆっくりと手招する。女性のそばに行くと、乾パンを4、5個差し出してきた。この光景は鮮明に記憶に刻まれている。

 自宅は全壊。無事だった近所の…

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