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 40代後半から50代にかけて突然襲われる介護離職やダブル介護の危機――。みずほ情報総研の主席研究員(兼・日本福祉大学教授)の藤森克彦さんも遠距離介護を経験し、離職を考えた時がありました。インタビューの最終回は、「介護離職」はどこまで防げるのか聞きました。(聞き手・岩崎賢一)

 

 ――藤森さんも遠距離介護を経験されたそうですが、そこで気づいた点はありましたか。

 もう10年前のことになりますが、長野県に住んでいた父が小腸に血栓を詰まらせて、小腸を全摘出する手術を受けました。前の日まで元気であったのに、突然腹痛を訴えて入院しました。腹痛の原因がすぐにはわからず、小腸で壊死(えし)した部分が広がってしまい、生きるか死ぬかという大手術になりました。幸いなことに手術自体は成功したのですが、小腸をほぼ全摘出したために、日中は胸の静脈から栄養を点滴で入れ、人工肛門(こうもん)をつけるという生活になりました。

 手術後、1週間ほどして集中治療室から一般病棟に移ることができました。しかし、安心したのもつかの間、病院から「お父様が精神的に不安定になっているので、夜間に付き添いをつけてください」という電話がありました。父は一般病棟に移ってから、勝手に点滴の管を抜いてしまったり、院内を徘徊(はいかい)したり、意味不明なことを口走ったり、認知症に似た症状が出ていました。本来は、完全看護で付き添いを廃止しているはずですが、医療の現場にはこういうこともあるわけです。

 医師に「夜間の付き添いはいつごろまで必要なのですか」と尋ねると、「わからない」という返答でした。「認知症」ならばずっと続くし、術後の「せん妄」であれば一時的な症状で改善していくというのです。ちなみにその医師の祖母は、大きな手術をした後に認知症の症状が出て、回復することはなかったと伝えられました。

 「夜間の付き添い」と言われても、母はすでに70代前半でしたので、毎晩大部屋のベッドサイドで付き添いをすることはできません。一方、私は東京で仕事をしており、夫婦共働きで幼児を2人抱えていたので、夜間の付き添いは週末しかできません。姉はニュージーランドに住んでいて、父の入院を機に一時帰国していましたが、姉も小学生の子供がいて、早晩ニュージーランドに戻らないといけません。

 お金で解決できることであればお金で解決をしようと、近くの大手介護サービス事業所に相談したところ、一晩で2万7000円と言われました。安いところを探しても、一晩で1万5000円。ずっと続いたら、我が家は破産です。

 私は、途方に暮れました。先々の見通しが立ちませんでした。その時、初めて親の介護のために会社を辞めなくてはいけない日がくるかもしれないと思いました。

 

 ■夜間の付き添い求められ困惑

 ――「夜間の付き添いは難しい」と断れなかったのですか。

 看護師に「夜間の付き添いができなければどうなるのですか」と尋ねたら、「病院では手に負えないので、出て行ってもらうしかない」という返答でした。患者・家族の立場を無視した有り得ない返答だと思いましたが、実際に夜間の付き添いをしてみると、夜間の医療現場の人手不足が深刻なことがよくわかりました。重篤な患者もいて、呼び出しブザーが鳴り響く中では、手間のかかる患者に時間をかける余裕がないのですね。

 一方で、病院のソーシャルワーカーに、施設入所について相談しました。若いソーシャルワーカーは親身になってくれたのですが、「お父様の場合、中心静脈栄養のため医療行為を必要とするので、特別養護老人ホームでは受け入れてもらえません。中間施設と言われている老人保健施設での受け入れも難しいと思います。結局、重症な患者ほど、<自宅か、病院か>の選択になってしまいます」と言われました。

 

 ――両親を東京に呼び寄せて同居するという選択肢は考えなかったのですか。

 呼び寄せも考えました。しかし、東京に呼び寄せようにも、住宅は狭く、両親が居住できる部屋がありません。そうすると東京の施設に入所させることになりますが、医療行為を必要とする父を引き受けてくれる施設が近くにあるのか、わかりません。また、母は東京で暮らすことを望んでいませんでした。

 

 ――最終的にはどのような対応をされたのですか。

 幸いなことに、父の症状は「せん妄」によるものだったので、2週間程度、家族が交代で夜間の付き添いをすることで、乗り越えることができました。しかし、これは「たまたま」そうなっただけで、認知症であったら、どのようになったのかはわかりません。

 そして、その後も困難な状況は続きました。手術をした急性期病院からは2カ月程度で退院することを求められていました。そこで当初、介護保険サービスを利用して、母が主たる介護者となって実家で介護をすることにしました。

 しかし、在宅介護も限界がありました。様々な問題があったのですが、例えば、父は小腸を摘出したためか、満腹中枢が満たされず、家にある食べ物を見境なく食べ続けてしまうのです。人工肛門としてつけられたポリ袋がすぐにいっぱいになり、漏れてしまうことが何度もありました。その処理は大変で、母親が精神的に参ってしまい、このままだと母も倒れてしまうと思いました。

 そこで、自宅から徒歩20分程度のところに、療養病床を持つ小規模病院がありましたので、平日はそこの病院に入院し、週末に私が帰省した時に在宅介護をすることにしました。

 父は、2年7カ月の闘病生活を経て他界しました。病院を中心とした生活は、父にとっては辛かったと思います。しかし、これ以外の方法を見いだすことができませんでした。公的介護保険には大変助けられたのですが、老老介護と遠距離介護の組み合わせでは思うようにならない部分がたくさんありました。

 ただし、きれいごとを言うつもりはありませんが、この2年7カ月は、家族にとって貴重な時間でした。

 

 ■家族依存が高い社会になれば介護離職せざるをえない人も

 ――一人暮らしでなくても、家族間に厳しい問題があるということですね。

 家族がいてもこんなに大変なのに、一人暮らしだったらどうなるのかという問題意識をもつようになりました。

 介護保険を含めて、社会保険は、事前に社会保険料を支払うことによって、親の介護などを抱えた人やその家族に過度の負担をかけないように、「介護を社会化」しようというものです。

 そして、身寄りのない単身世帯が増える中で、「介護の社会化」は一層求められていくと思います。社会保険を充実させて、社会全体で支え合いを強化していくことが重要だと思います。また、家族への依存度を高めていけば、別居家族をもつ高齢単身者では、息子や娘などが介護離職をして対応せざるをえないケースも増えるでしょう。介護離職をした息子や娘の中には、貧困に陥る人も増えるかもしれません。一方、介護離職は人手不足を一層深刻にしていくので、経済に与える影響も大きいと思います。

 

 ――単身世帯の増加を遅らせることは、政策的に可能なのでしょうか。

 まず申し上げておきたいのは、一人で暮らすかどうか、結婚するかどうかは、私的領域の事柄だということです。それぞれの人がそれぞれの価値観に従って、ライフスタイルを選択するのに良いも悪いもありません。そして、多様なライフスタイルが広がることは、社会として歓迎すべきことだと思います。

 一方で、本人の意思に反した単身世帯の増加もあります。これこそ、政策的に対応すべき課題のように思います。具体的には、非正規労働者は、賃金が低く雇用が安定しないため、結婚したくても難しい状況が推察されます。これが単身世帯の増加する一つの背景となっています。

 特に、子供の教育費や住宅ローンの返済は大きなハードルになっていると思います。教育費や住宅ローン返済額は年齢に伴って上昇し、40代後半から50代にピークを迎えるのに対して、非正規労働者の賃金カーブは年齢を重ねてもあまりあがっていきません。

 教育費や住宅費を非正規労働者の自助努力だけで賄うのは難しく、社会としての支援が必要だと思います。

 ちなみに、ヨーロッパの大学では、日本よりも授業料が低く、奨学金も充実しています。教育が社会資本として考えられています。また、資力調査を受ける必要はあるのですが、公的な住宅手当が中の下の所得階層まで提供されている国もあります。日本においても、非正規労働者が増え、正規社員の賃金カーブも以前よりはフラットになる中で、教育費や住宅費を社会としてどのように支援するか、議論を進めていく必要があるでしょう。

 また、「単身世帯予備群」と言われる、親と同居する中年未婚者がいます。中年未婚者が親と同居する要因として、親の介護があげられます。つまり、親の介護のために、不本意ながら離職して親と同居していることが推察されます。無職となって、親の年金に依存する人の中には、親が亡くなった後の生活に不安を感じている人も多いでしょう。親が要介護になっても離職しないで済むようにするためには、介護保険サービスを拡充していく必要があると思います。

 

 ■「介護離職しても結構」という企業は生き残れない時代に

 ――介護離職をせざるを得ない年齢層は40代後半から50代が中心です。企業の中では比較的高い給料をもらっている層です。経営が右肩下がりの企業では、退職を容認せざるを得ない事情もあるのではないでしょうか。こういう「介護離職」についてどう考えますか。

 確かに、40代後半から50代前半に賃金カーブは高い水準にありますが、今後もこの賃金カーブが維持されるかはわかりません。正社員の得てきた生活給も、今後縮小していく可能性があります。また、これから構造的に人手不足の時代に入っていきます。具体的には、2015年から2030年にかけて生産年齢人口は毎年、年平均で57万人も減少していく見込みです。人手不足が深刻になっていく中で「40代後半や50代は介護離職をしてもらって結構」という企業は、むしろ生き残れないのではないでしょうか。

 一方、社会の側では、親の介護を抱えても離職せずに済むように、介護保険制度を拡充しなくてはいけません。介護職員数は年平均で7万人増やす必要があると指摘されていますが、まずは税や社会保険料を引き上げて、介護職員の処遇改善を行うことが求められます。

 社会保障の機能強化を行って、「いざという時には、社会全体で支え合える」という安心感をもてることは、経済にも良い影響を与えると思います。人は、何歳まで生きるか、要介護になるかどうか、どのような病気になるかどうか、わかりません。その時に、どの位の費用を要するかもわかりません。もし、このようなリスクに個人の自助努力で対応しようとしたら、過剰貯蓄になって消費が冷え込むでしょう。社会保険は、事前に社会保険料を支払って、リスクに陥る人と陥らない人の間でリスクをプールします。リスクに陥らなかった人も、「いざという時も大丈夫」という安心感をもって生活できたわけですから、社会保険料は無駄になったわけではありません。

 日本社会は需要不足でこれが経済成長に悪影響を与えていると指摘されています。この背景には、将来不安から過剰貯蓄になっている面があるように思います。また、社会保障の機能強化は、高所得者から低所得者へ所得の再分配を強化することになります。低所得者層は高所得者層に比べて、消費性向が高いので需要を増やしていくことにつながります。中間層を増やし育てるためにも、社会保障の機能強化が必要だと思います。

 市場のダイナミズムは必要ですが、医療、介護、教育、保育といった分野は社会資本だと思います。こうした分野の支え合い機能を強化することが、人々の暮らしやすさにつながると思います。そしてそのためには、負担能力に配慮しながら、税や社会保険料の引き上げを行うことが必要になると思います。

 

<プロフィル>

ふじもり・かつひこ みずほ情報総研主席研究員。1965年生まれ。1992年国際基督教大学大学院行政学研究科修了。同年、富士総合研究所(現・みずほ情報総研)入社。1996~2000年ロンドン事務所駐在研究員などを経て、2004年より現職。2017年4月より日本福祉大学福祉経営学部教授を兼任。専門分野は、社会保障政策。主な著書に、『単身急増社会の希望』(日本経済新聞出版社、2017年)などがある。

▼資料の出典

注1)総務省『平成27年国勢調査』に基づき、みずほ情報総研計算(岩崎賢一)

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岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき・けんいち) 朝日新聞記者

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで、医療を中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当を経て、現在はオピニオン編集部。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』、『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)