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 鳥取県湯梨浜町で活動する「住みます芸人」の農業指導で時折県内を訪れている、お笑いコンビ「笑い飯」の哲夫さん。相方の西田幸治さんとともに、若手漫才の日本一を決める「M―1グランプリ」に9年間挑戦し続け、2010年の第10回で優勝を果たした不屈の男でもある。鳥取との関わりやM―1優勝について聞き、甲子園を目指す県内の野球部員にエールを送ってもらった。

――鳥取との関わりは

 小学4年の時、家族と旅行で鳥取に来ました。鳥取砂丘に行ったのを覚えています。次は二十歳の時。車を買(こ)うて、友だちとどっか行こうと思った時、すぐに鳥取に決まった。鳥取=バカンスというイメージが僕の中にあったんです。

――実家は農家ですね。農業の魅力は

 自分で植えた物が実になることです。子どもみたいなもんですよね。育ってくれたらかわいいし、実をつけたら、ああ生まれたんかなって。子どもが世に出て行くように感じます。

――M―1優勝まで時間がかかりましたね

 M―1は年末だけの行事なんで、ずっとしんどいことはありませんでした。でも毎年優勝できると思ってたので、終わった後は「何で今年もまた優勝でけへんねん」と思ってました。

――優勝には何が足りなかったのでしょう

 2002年からずっと決勝には行ってたんで、決勝のプロだと思ってたんです。優勝できそうなのに順番が悪かった年もありました。会場が盛り上がってくる5、6番手がいいんですが、おもしろいネタが思いついた時に限ってトップバッターでしたね。

――あきらめなかったですね

 コンビ歴10年までがM―1の出場条件なんです。それまでは出ようと思ってました。あきらめる選択肢はありませんでした。

――夏の甲子園に向けた戦いが鳥取でも始まります。スポーツ経験はありますか

 小中高とサッカーをやってました。フォワードとかハーフとかです。でもずっと補欠やったんですよ。補欠だと試合に出られないんで、負けた時の悔しさが出ているメンバーの半分以下になるんですよね。

 でも、長いこと補欠やったからこそ、今の仕事ができてると思うんです。帰り道、みんなでしゃべっていて、笑かし合いみたいなことをしてたんです。それだけは1軍になろうとしました。だから今の仕事に就けてるんやと思います。

――県内の高校球児も夢に向かって努力しています

 僕はずっと補欠やったんで、補欠のことを考えてみてほしいんです。バッターボックスに立つにしろ、一人一人にスポットが当たる瞬間が野球にはあると思う。緊張感に包まれますよね。でも補欠にはない試練が与えられることに感謝してほしいですね。

 僕の出身地の奈良県中部は少し田舎だなというイメージがありました。でも僕がM―1チャンピオンになり、同じ奈良県中部生まれのゆりやんレトリィバァが(ピン芸の日本一を決める)R―1グランプリで決勝に行きました。田舎育ちの方が人間の底力があると思う。鳥取のみなさんも頑張ってください。(鈴木峻)

     ◇

 〈笑い飯・哲夫〉 1974年、奈良県桜井市生まれ。関西学院大卒業後の2000年、相方の西田幸治さんとお笑いコンビ「笑い飯」を結成。競い合うようにボケるダブルボケの漫才で人気を集め、9年連続9回目の決勝挑戦だったM―1グランプリ2010で初優勝を果たした。14年には上方漫才大賞も受賞した。仏教にも関心を持ち、5月に「えてこでもかける 笑い飯哲夫訳 般若心経写経帖」を出版した。

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