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沖縄タイムス・與那覇里子記者(現・首都大学東京大学院1年)

 幼いころから、写真の中のふるさと沖縄を眺めてきた。

 1945年は、白と黒の世界だった。

 沖縄戦の惨状は、目を覆いたくなるほどのむごたらしさ。

 子ども心に「今」とは断絶された別の世界のように思えたし、思いたかったのかもしれない。

 今、身の回りにあふれている色彩が、昔はないという錯覚さえ覚えていた。

 地上戦の始まる10年前の1935年。

 沖縄では、祝いのまつり「那覇大綱挽(おおつなひき)」が例年通り開かれた。翌年、中止となった。37年から日中戦争が始まった。

 朝日新聞、沖縄タイムス、首都大学東京・渡邉英徳研究室は、1935年の沖縄に「色」という命を吹き込むことにした。

 はじめに、早稲田大学の石川博教授らの研究グループが開発した「人工知能(AI)」が色をつけた。約230万枚もの白黒・カラー画像から色付けの特徴を学び、人間が「自然」と感じる色付けを可能にした。

 さらに、人の手で、現実の色に近づけていく作業を重ねていく。

 人工知能は、木々には深い緑を、沖縄特有の瓦屋根にはわずかな赤を、水平線には太陽の光と調和したまぶしい白とぼんやりとした青を、市場で商売をする女性の顔には少しの色つやを与えた。

 渡邉准教授は、屋根は赤瓦に近づけ、海は濁りを除いた鮮明な青に、おばぁの表情はより血色よく生き生きと、今、私たちが見えている色と重なるように、彩りを加えた。

 でも、ふるさと沖縄で生きてきた私は知っている。

 海はより深い青で、日差しは肌を刺すように痛くて、目を開けられないほどまぶしく沖縄の人たちを照らしていること。

 でも、1935年を生きていた人はもっと知っている。

 高台から見える集落を照らす光、風に揺れる木々の表情、市場で働く女性たちのはつらつとした顔色、シワの深さ、目の色、大切に着続けた着物の風合いを。

 そして、戦争で一瞬にして奪われたことを。

 だからこそ、私たちは、人工知能の力を借りて、人の力を生かして、あの日を取り戻す試みをする。

 「現地に足を運び、当時の記憶を持っている人たちに話を聞く。着彩や歴史を知る人間が、コラボレーションすることで、確度は高まり、過去の色合いがよみがえってくる。生まれてから白黒写真のメディアがない人たちにも、色付けすることで、過去への想像が広がる」と渡邉准教授は話す。

 沖縄戦の組織的終結を迎えた6月23日が、2017年も巡ってきた。

 戦争は、着色した写真よりも色彩にあふれた集落を焼き、サバニが映える沖縄の海を軍艦で埋めつくし、空襲で市場を焼け野原にした。その時の禍根はいまだ解消されていない。

 テクノロジーは過去も照らし、未来もつなぐ。私たちは、1935年の写真に映る先人たちとの地続きを生きている。(首都大学東京大学院1年、沖縄タイムス・與那覇里子)