[PR]

 人気ロックバンド「B’z」が22日、ボーカルの稲葉浩志さんの地元・岡山県津山市で28年ぶりにライブを行う。ツアーで全国各地を回る中、故郷への思いが募っていったという稲葉さん。凱旋(がいせん)ライブへの意気込みや津山の思い出について、稲葉さんの母校・津山高校の後輩の記者が聞いた。

 ――津山市でのライブ開催(22日)には、驚きの声が上がりました。

 去年、スタッフから津山市で開催すると聞かされました。そのときは僕も「おおーっ」となりました。発表直前に地元に帰る機会があって、兄や友人から「ここでしてくれりゃあのお」って言われたけど、貝のように口を閉ざしていた。発表後に「お前、知っとったんか」と連絡が来るかなと思ったら何もなくて。それはそれで不気味なんですけどね。

 ――ファンの間や地元では、津山市とB’zの確執もうわさされていました。

 そんなうわさがあるんですね。今までやらなかった理由……。やはり地元という意識はついてくるので、あまり突出するのをスタッフが避けていたんじゃないでしょうか。今回はB’zとして約2年ぶりの全国ツアーで、来年はデビューから30年。ツアーの中に地元が入るのは、ちょうど良い時期だと思いました。

 ――地元への思いは変わりましたか。

 若いときは、「地元に帰らなきゃ」とは思わなかった。最近はライブを通して津山のような小さな街で何ができるんだろう、と考えるようになりました。2002年に長崎県の福江島(五島市)でライブをしたのをきっかけに、離島や小さな街のホールを使って定期的にライブを開いています。訪れる街のほとんどでは郊外に大型店があり、商店街の人通りは少ない。そんな様子を見ると地元を思い出します。

 ずっと津山で暮らしている僕の兄は、同年代の人たちと地元の活性化について考えています。兄と比べて自分は、地元に対して楽をしていると感じます。久しぶりに帰って、何日か楽しく過ごしたら東京に戻る。地元に対しての責任感が違います。

 ――小規模ホールでのライブ開催には、地域を活性化しようという狙いがあるのでしょうか。

 そこまで深く考えてはないです。ただ、その地域に縁がない人がライブをきっかけに訪れることもある。彼らが空いた時間に観光名所を見ておいしいものを食べる。人が出たり入ったりするのはわくわくします。

 収益の規模や、機材やスタッフの移動の問題で、小さな街でのライブは準備が結構たいへんです。でも、楽しいんですよね。離島から帰る時には、地域の人がフェリー乗り場に集まって見送ってくれる。「会場の規模以上に大きいイベントだったんだなあ」と幸福感や充実感があります。

 ベテランの演歌歌手の方々は、よく地方を回って公演しています。ロックやポップス、アイドルの人たちも、アーティストならではのやり方で、日本各地を盛り上げることができるんじゃないでしょうか。

 ――音楽の道に進むきっかけとなった出会いが津山であったと聞きました。

 僕が通った津山高校に、ギターがめちゃくちゃうまい頼経英博(よりつねひでひろ)くんという同級生がいました。ある時、彼が学校の教室でギターを弾いてるのを聴き、「かっこいい!」と衝撃が走りました。家に遊びに行くと、いろんなバンドの曲をレコードに合わせて弾いてくれた。驚愕(きょうがく)でした。

 高い声が出るからと頼経くんに誘われ、歌い始めました。小学校の時から音楽は好きで聴いていましたが、歌うのは全然。人前で歌うのはすごく恥ずかしかった。だけど、彼のギター演奏をみんなに聴かせたいと高校3年の9月、文化祭でバンド演奏をしました。メンバーは楽器がうまい人ばかりで、練習もうまくいっていました。

 ただ当日、僕は声が出なくてぼろぼろ。本番前、一生懸命リハーサルをしすぎたのが原因です。当時は、声が出なくなった理由も分からなかった。悔しかったですね。「本当は俺はもっとできるんだ!」と言いたかったけど、そういうわけにもいかないんで。この経験が音楽を続けるきっかけになりました。

 ――大学卒業後、1988年にB’zとしてプロデビューしました。大学に進んだ時からプロを目指していましたか。

 歌手になってスターになるっていう気持ちはなく、とりあえず地元を出たいと、どちらかというと消極的に田舎を捨てた。だから、なかなかみんなが望むようなストーリーじゃないんです。わりと流されて生きてきた。でもやっぱりバンド活動が楽しくて続けてきた。本当に好きだったから長続きしたんでしょう。

 ――津山での日々で今につながっていることはありますか。

 僕は本当に出無精で、家と学校の往復ばかりでした。それでも自分の原体験は津山にあります。過去にB’zとして、ロックバンドのエアロスミスと共演しました。僕にとってエアロスミスと言えば、津山にいた時の夏休み、市営プールから家に帰った後に聴いた当時のアルバムを思い出します。蒸し暑い夏の日です。何十年もさかのぼりますが、僕の音楽の原体験は津山での音、見ていた風景です。歌詞を書く時にも、思春期に見たものや育った場所が影響していると思います。

 ――ソロ活動を経て、6月14日にB’zとして約2年ぶりのニューシングル「声明/Still Alive」が発売されました。

 お互いソロ活動をするのは初めてではないので、みなさんが考えているほど特別な意識はないですね。今回はレコーディングのスタジオを変えてみました。

 30年近くやっていると、数カ月会わないだけだと久しぶりに会った感じもしない。使い慣れたスタジオに入ると、先週までやっていたような感じになります。スタートをいつもと違う場所でやってみたことで、レコーディング自体も楽しかったし、新鮮さが音に出ていると感じています。

 曲作りでは、お互いにアイデアを出していっても、いま一つ何かこう、納得がいかない時もあります。それをさらに考えて完成に持っていく楽しみがある。あーだこーだやっているのが楽しいですね。

取材後記 地元への熱い思いに驚き

 記者(27)も、稲葉さんが通った県立津山高校の卒業生です。下校時、学校の正門前で記念撮影をするB’zファンの姿を見ては、稲葉さんの人気の高さを実感していました。

 都会に憧れ、大学進学で上京を目指した当時の私にとって、稲葉さんは「地元を出て成功した人」の代表。つらい受験勉強の間、目標のような存在でした。

 その稲葉さんの地元への熱い思いには驚きました。「アーティストとして」地方にできることを考える姿勢から、プロ意識を感じました。私も改めて記者としてできることを考えるきっかけになりました。

 また、地元でB’zの話題になる度に話されていた「津山市とB’zの確執」のうわさも、凱旋(がいせん)ライブを機に終息すると思うと感慨深いです。(国米あなんだ)