[PR]

 舌は大切。味が分かる。味は大切。おいしいが分かる。おいしいは大切。喜びとくつろぎが分かる。喜びもくつろぎも大切。それらなしでは生きてはおれぬ。喜びとくつろぎを求め、人は生きる。

 日曜日、17号室を回診する。「ちいと楽になりました」と付き添いのお母さん。患者さんは2日前に入院した50代の男性。がんは進行し、黄疸(おうだん)が出て腹水がある。楽な体位を求めて、あっちにこっちに体を動かしていた。背をさすり、足をもみ、お母さんはあの手この手を工夫する。

 痛み止めの皮下注射も効いたよう。「うんと違います。息も腹の張りも楽になりました。味が分かるようになりました」と男性。「飲んでくれました、ほんの一口ですけど」。お母さんはリンゴを6分の1すって、ガーゼでしぼった。手作りのリンゴジュース。「おいしかった」「懐かしい味」と男性。

 5号室に入る。60歳の女性。ゆっくりとしたがんとの闘い、4年に及ぶ。胸水が溜(た)まる。気力はあったが、食べる量が減り、やせて、歩くのが難しくなった。最近になって舌を舌苔(ぜったい)が覆った。「甘すぎてジュースもアイスクリームもダメ、からすぎてミソ汁もスープもダメ。チョコレートもイヤ、果物もイヤ、アジの開きも。味覚、変なの」

 口腔(こうくう)ケア、舌ケアを念入りにナースたち。舌苔がゆっくりと減っていった。その日の回診で、「先生、味、戻ってきたよ。お茶、おいしかった、世界一のお茶!」。何茶だろう、と思った。「おーいお茶」か「伊右衛門」か「綾鷹(あやたか)」か。聞いてみた。そばにいたご主人が言った。「違います、違います。診療所の、あのポットのあったかい焙(ほう)じ茶です」。え、あれ、あれが世界一のお茶? 舌ってすごい。すごい発見をするんだ。

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。