写真・図版
[PR]

 昨年夏のフォーラム面で「認知症と運転」を考えました。みなさんからは「運転できないように規制強化を」という声の一方、「地方では車は生活必需品」といった切実な声も多く届きました。認知症に限らず高齢ドライバーによる悲惨な事故はその後も続いており、国も対策を検討中です。高齢者が長く安全に運転を続けるために、何ができるのでしょうか。動き始めた新たな取り組みから考えます。

■ドライブレコーダー、無償貸与で運転診断

 ドライブレコーダーを、運転の自己チェックに役立ててもらおう――。神奈川県大和市は「シルバー・ドライブ・チェック」と名付けた新たな取り組みを4月に始めました。

 対象は70歳以上の市民。約10日間、無料で貸し出し、記録された映像を市の交通安全教育専門員(教習所や警察のOBら)が診断します。ハンドル操作やブレーキ、車体感覚など項目ごとにチェックシートに記入。本人と面談し、映像を見ながらどこが問題かを指摘した上で、どうすればより安全に運転できるかアドバイスします。

 同市の65歳以上のドライバーは約2万4千人(2015年度末時点)で年々増えています。事故防止策として導入したところ、4月は定員5人に12人の応募がありました。抽選で70歳から90歳の男女5人に貸し出し、5月下旬に全員の面談が行われました。

 最高齢の水野光雄さん(90)は元中学校の校長先生で、教え子とのゴルフや買い物などで、ほぼ毎日愛車の赤いフォルクスワーゲンの小型車「ポロ」のハンドルを握ります。教え子に「運転がうまい」と言われるそうですが、90代になった父の運転を心配する次男俊彦さん(62)の勧めで参加したといいます。

 面談では、交差点の右折時の停車位置が少し右に寄りすぎていること、一時停止が不十分なときがあったことを指摘されました。光雄さんは「運転には自信があったが、言われてみればなるほどと思った。事故を起こす前に指摘されてよかった。慎重に運転しようとつくづく思った」と話しました。同席した俊彦さんは「やはり映像があると説得力があった」と振り返ります。

 大和市道路安全対策課の山川歩課長は「教習所のコースではなく、実際に普段走っている道路での運転をチェックしてもらえるのがポイントになる。必要な人には免許の自主返納の情報を伝えたり、警察や病院への相談を促したりすることもあります」と話します。次回の募集は7月下旬の予定。初回の応募数が予想を上回ったため、貸し出し台数を補正予算で今後増やすことを検討中だそうです。

 高齢者の運転を見守る民間の新たなサービスも生まれています。リース大手のオリックス自動車は2月、「あんしん運転 Ever(エバー) Drive(ドライブ)」を始めました。

 速度情報などを検知する専用機器を車に取り付け、急ブレーキや急加速などの危険な運転、2時間以上の長時間運転などがあると、即座に離れた家族にメールで通知します。

 専用機器は小さな箱形で、助手席前の小物入れの裏側に付けるそうです。データはオリックスのサーバーに届き、車が今ある場所もわかり、病院などの指定場所についたことを知らせるメールも届きます。

 危険な運転の回数や発生した場所と走行ルート、運転時間などの結果をパソコンで確認もできます。例えば先月6回だった急ブレーキが今月は12回に増えたといった情報を、高齢ドライバーと家族が共有できるようになるといいます。

 本人の同意を得て運転を心配する家族が契約することが多いそうですが、高齢ドライバー自らが申し込む割合も全体の3割あるということです。同社の担当者は「日々の運転の変化を『見える化』し、安全運転を続けるきっかけにしてほしい。家族との会話の機会も増えるので『心配をかけたくない』という気持ちも生まれやすい」と話します。認知症などによる運転の変化に気づきやすくなる効果も期待できるといいます。自治体からも問い合わせがあり、22年に高齢ドライバーの1%ほどに浸透することを目指しているそうです。

 機器取り付けなどの初期費用1万円(税別)と、月額2980円(同)。04年以降に生産された国産車(一部のスポーツカーなど除く)であれば原則対応可能ということです。

■車の販売店で、運動能力維持する講座

 三重県松阪市では、ダイハツグループと日本理学療法士協会、日本自動車連盟(JAF)三重支部と市が連携して、運転能力を維持するための講座に取り組んでいます。

 三重ダイハツの店舗で5月末にあった講座には、近隣から57~79歳の17人が参加しました。話を聞くと、「うちのあたりはバスも電車もない」など車は生活に欠かせない様子でした。

 理学療法士の木村圭佑さんと一緒に、まず首や腰をストレッチ。理学療法士は、介護予防や運動指導など「からだづくり」の専門家です。参加者は左右を見て、見える範囲が広がったことに、驚きの声を上げました。

 木村さんは「普段運転する前にストレッチはしないと思います。今よりもちょっと見えていない状態で運転しているかもしれません」と、気づきを促しました。

 続けて、全身の筋力の程度を知る指標とされる握力の測定、数を数えながら腕や足を動かし、特定の数の時に腕の動きを変える体操などにも取り組みました。

 今年75歳になる八田重次さんは「車にはずっと乗っていたい。こうやって自分の程度を知るのはいいことだと思う」と話します。安全のためにスピードは出さない、高速道路は運転しない、と自分で決めているそうです。

 一人ひとりが車に乗り、運転席からのミラー確認で「どこが死角になるのか」も改めて体験しました。

 ダイハツ工業の三井正則社長(現会長)も参加し、「いくつになっても自由に移動できる自立した生活をサポートしたい」と話しました。ダイハツにとって、高齢ドライバーが安全に車に乗り続ければ、顧客層を維持できるメリットがあります。また、行政と連携することで幅広い住民への講座周知が可能になります。この講座が開かれることを、地域の住民組織に伝えたのは松阪市です。

 松阪市では昨年、事故で亡くなった4人のドライバーのうち2人が高齢者でした。事故対策に力を入れなければならないのと同時に、公共交通網が乏しい地域で高齢者の孤立を防ぐため、安全に運転して外出し続けられることも重要だと市は考えています。竹上真人市長は「民間には優れた知恵がたくさんあります。行政だけでこうした講座は開けません」と連携の意義を語ります。

 静岡県掛川市も、ダイハツグループと日本理学療法士協会が開く安全運転講座に協力しています。住民の健康増進に役立ちそうだということが、理由のひとつ。さらに、体力測定で低下が明らかな場合は、免許の自主返納へとつながることにも期待しています。

■標識の工夫で逆走防止

 道路標識や表示を工夫する動きもあります。特に大きな事故につながりかねない高速道路の逆走を防ぐ手段として、注目されています。

 高速道路の逆走は、出口を入り口と間違えて進入したり、サービスエリア(SA)から本線に戻ろうとしてSAに入ったときの道を戻ったり、本線に合流するところでUターンしてしまったりして起きています。国土交通省によると、11~16年に逆走したドライバーの年齢層は75歳以上が45%、65~74歳が22%を占めています。

 標識や表示の工夫は、学識経験者からの「できるだけ大きく明るく」「高齢者は下を向く傾向があり、路面が効果的」といった意見を踏まえ、高速道路会社と国が取り組んでいます。

 ある出口では、ドライバーの目に入りやすい位置に「進入禁止」の看板を設置。ヘッドライトの光をよく反射し夜でも見やすい矢印板もつけて、車が流れる方向を示しました。さらに、正しい入り口へと誘導するため一般道の路面に大きく「高速」と書き、路面に色も付けました。

 国交省は「20年までに逆走事故ゼロ」を掲げ、逆走が想定される構造の施設で、ラバーポールの設置など標識・表示以外の方法も合わせて逆走対策を実施しています。逆走が多い分流・合流部と出入り口部では、昨年度末までに約7割が対策済みになりました。対策前後の状況を比較できる83施設で見ると、逆走の発生は約7割減っているそうです。(編集委員・清川卓史、森本美紀、友野賀世)

■実践女子大・松浦常夫教授(交通心理学)「心構えが重要」

 個人差はあるが、高齢になれば運転中の危険対象物(ハザード)を認知する力が低下します。また、同時に対処しなければならない複数のハザードへの注意力の適切な配分ができなくなってくる。交差点での事故が多いのはそのためです。

 事故のリスクを減らすには、運転技能の低下を補う運転の心構えが重要になります。「補償運転」と呼ばれる考え方で、具体的には「夜間・雨天の運転を控える」(運転制限)、「余裕をもった運転計画をたてる」(運転準備)、「後続車が迫って来たら脇によけて先に行かせる」(避難運転)、「ラジオなどを聞かずに運転する」(注意集中)といった工夫です。

 ただ、実際には補償運転への取り組みは十分とは言えません。高齢者の多くが「自分は運転がうまいから大丈夫」と思っているからです。若い世代と比べて高齢者は、運転の客観的評価と自己評価の落差が大きい。一言で言えば自信過剰、過大評価の傾向があります。運転能力が低下しているのに若い頃と同じような自信を維持しています。自信を持ち楽観的に生きるのは高齢者の人生の知恵かも知れませんが、こと運転に関しては悪影響があります。

 そのため、高齢ドライバーが自分の運転能力を客観視することが安全対策の第一歩になります。行政的な支援としては免許更新時の高齢者講習の実車指導の機会があります。ドライブレコーダーの映像で自分や他の高齢者の運転を観察したり、友人や家族を助手席にのせて率直な意見を聞いたりするのも意味があるでしょう。

    ◇

 実家の父が最近、後期高齢者の仲間入りをしました。免許更新時のチェックはクリアしたようですが、やはり運転が心配です。なにが不安と言って、年々体力が衰えていく父が普段どんな運転をしているのか、離れて暮らす私にはよくわからないのです。もちろん長く安全運転できればそれが一番いいことです。そのためにこそ、運転の問題点を客観的に示して高齢ドライバーの自覚を促す官民の取り組みは重要だと感じます。さらに充実させ、全国どこでも利用できるようにして欲しいと思います。

<アピタル:オピニオン・メイン記事>

http://www.asahi.com/apital/forum/opinion(清川卓史)