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 アジア・太平洋戦争で日本兵約19万人が死亡したミャンマー。かつての激戦地で、地元住民が慰霊祭を続けている村がある。きっかけは元日本兵と当時少年だった村人との再会。敗戦から72回目の夏に元日本兵は感謝の思いを募らせる。

 交通の要衝だった中部の都市メイッティーラの南約35キロ、街道沿いにウェトレット村はある。畑が広がる一角に金色の仏塔と真っ白な慰霊塔が立つ。ビルマ(当時)に派遣され、村で戦死した第49師団の日本兵54人の名が刻まれている。

 3月8日。人口150人ほどの村から約60人が集まり、花や果物が供えられた祭壇に手を合わせた。「日本兵はもちろん、ミャンマー全土で戦死したすべての人々のために祈った」。僧侶のピンニャーウィンタさん(54)は言った。

 72年前のこの日、村は戦場になった。英印兵約2千人と戦車30両の南下を防ごうと、日本軍が兵約300人と大砲2門で迎え撃ち、昼前に砲撃。激戦は日暮れまで続いて村は全焼した。

 その30年後の1975年。中…

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