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 「『トランプ時代』をとらえきれているか」をテーマに、朝日新聞社は「あすへの報道審議会」の第4回(2017年度第1回)会合を7月25日、東京本社で開いた。現地からの取材報告、古城(こじょう)佳子(よしこ)・東京大学大学院教授による講評を受け、パブリックエディター(PE)が編集部門の部長、記者らと話し合った。議論は「フェイク(偽)ニュース」が拡散する中でのメディアの役割にも及んだ。

■支持者の声を探して 金成隆一・ニューヨーク支局員

 トランプ大統領が凱旋(がいせん)集会を開く米中西部オハイオ州にあるヤングスタウンからテレビ電話で参加している。製造業が廃れ、失業率も高いラストベルト(さびついた工業地帯)にある。片道7時間を運転して、1年間通った町だ。

 大統領選では当初、誰がトランプ氏を支持しているのかが見えなかった。2015年11月、テキサス州であったトランプ氏の集会を初めて取材し、ものすごく熱を感じた。「現場で見て感じたことを大事にしよう」。取材班で確認し合った。

 近年の大統領選で当落のカギを握るオハイオ州を選び、町でひたすら見ず知らずの人に声をかけた。ダイナー(食堂)で3時間粘り、話をしてくれた人にはその後もこまめに電話をかけ、記念の写真も送る。今日出会った3人は偶然、今回の大統領選で初めて共和党候補に投票した人たちだった。夜はバーで元労働者たちと過ごし、自宅を訪ねた。それぞれが理想の時代と現実とのギャップを語り、そのルポを紙面、デジタル上で出していった。

 支持者の本音を顔や名前と共に紹介することで、日本の読者にも「遠い海外の話」ではなく、自分や家族と重ね合わせてもらえるのでは、と考えた。

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 金成隆一・ニューヨーク支局員 2000年入社。大阪社会部などを経て14年から現職。

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 〈読者の声〉 日本で暮らす私たちは、海外の現地の人々の思いを直接、肌で感じることができない。より多角的、多様な声を伝えてほしい。(兵庫県 30代女性)

■希望持てない状況、読者に響くように

 湯浅誠PE 金成記者がラストベルトをルポした「トランプ王国」の関連記事は興味深く読んだ。トランプ氏の主な支持者について「白人貧困層かと思ったら中流層だった」と書いてあった。この中流層として、元製鉄所勤務の60代男性や、薬物中毒で弟を亡くした30代女性らが登場した。貧困層の周辺で、非行や薬物依存を目の当たりにしているが、自活する力のある人だ。では、当の白人貧困層の投票行動はどうだったのか。

 金成記者 白人貧困層にもトランプ氏の支持者は少なくない。ラストベルトでは、まじめに働いてきたことを誇りにしている人たちに出会った。日本人の描く米国のイメージである広い家と庭、複数台の車を持つが、このままでは中流層から転落、もしくは転落し始めていると不安に思っている人たちだった。日本人記者の取材を喜んで受けてくれた人に、そういう人が多かった可能性はあるが。

 河野通和PE 現場感覚を大事にしたのは良かった。なぜ、米国のジャーナリズムではそのような足元の現場の実態が伝えられてこなかったのか。軽視していたのか、それとも薬物などは当たり前すぎて、問題意識につながらなかったのか。

 金成記者 米国メディアも当初は情勢を見誤っていたが、さすがに16年2月にニューハンプシャー州でトランプ氏が圧勝した頃からは変化した。支持しているのは誰で、どんな理屈で、どんな生活をしている人なのか、主要紙や雑誌ではそれなりに報じられていたと思う。

 山脇岳志編集委員(前アメリカ総局長) 取材班は「分断」が大統領選のカギだと考え、15年秋から「分断大国」というタイトルで、大型記事を出してきた。選挙戦終盤では、大統領選が接戦であることを強調した紙面を作った。現場でトランプ支持層の熱気は感じており、トランプ勝利に意外感を持たない記者も多かった。

 小島慶子PE 金成記者の「日本の読者にも共通する何かを読み取ってもらえれば」との思いで取材した、という原点は共感した。だが、薬物の過剰摂取などの状況は米国と異なる。どんな読者をイメージしていたのか。

 金成記者 希望の持てない状況や努力しても暮らしが改善する見込みがないという思いは、今の日本にもある。大阪社会部時代に、中年になった引きこもりの子を持つ親たちを1年間取材したが、引きこもりの背景には希望を持てない現状があると感じていた。だが、親の世代は1970年の大阪万博のころに青春期を過ごし、「自分たちの時代は高校・大学を出ればすぐ就職できた」と、良かった時代を語り、世代間の格差を感じた。ラストベルトの製鉄所で働いていた男性と話しぶりが似ていた。

 小島PE 閉塞(へいそく)感を持ったラストベルトの若者たちの受け皿は。

 金成記者 そうした若者には十分に取材を尽くせていないので自信を持っては言えないが、現状が続くことは嫌なのでイチかバチかでトランプ氏に投じたり、投票に行かなかったりしたという人はいた。二大政党制の欠点は、受け皿が簡単になくなってしまうことと思う。

■メディアの役割は ゲストコメンテーター・古城佳子さん

 米国社会で何が起きているのか。朝日新聞は大統領選前から、ルポや特集によって分断の実態を伝え、読者の知りたいことに答えた。米国における分断は、オバマ氏が一つのアメリカを訴えて初当選した時から指摘してきたことだが、年齢、ジェンダー、人種、学歴、都市と地方などさまざまな分断が今どうなっているのか。増大しているのか、縮小しているのかを知りたいと思う。

 政治家も、有識者も、メディアも、分断の深刻さに気付かなかった。トランプ氏の勝利が「見たくないもの」だったため、思い込みにつながったのでは、という専門家の指摘が興味深い。

 米国と欧州の共通点と相違点を伝え切れていたかどうか。欧州というとどうしても欧州連合(EU)の存在ばかりに焦点があたる。しかし欧州でも既成政治への不満が先にあり、それがEU批判につながったのではないか。各国の国内で何が起きているかということをもっと伝えてもらいたかった。

 トランプ勝利を伝える紙面で、朝日新聞が既成政党、既得権者への不満を強調したのは的確だった。トランプ氏が自らビジネスで大富豪になったことへの反発は少なく、既得権者とは見なされていなかったように思う。

 米国大統領選を日本の読者に伝える意味については、紙面での説明が弱いのではないかと思う。受け皿不足という点では、米国と同様の現象が日本社会でも起こりうるのではないか。まじめな人がまじめに働いて生活できないという状況。既成政治は嫌だが、それに代わる選択肢がないという状況。これらをどう打開していくかの視点が欲しかった。

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 古城佳子さん 東京大大学院教授。専門は国際関係論。元日本国際政治学会理事長。

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 〈読者の声〉 米大統領がツイッターで自分勝手な発信をし、フェイクニュースが氾濫する時代。新聞の役割や従来とは違う情報発信を探る動きを知りたい。(神奈川県 60代男性)

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 梅原季哉・東京本社編成局長補佐 欧州では昨年6月、英国の国民投票でEU離脱が決まった。当時のヨーロッパ総局長として、国民投票の結果を伝える紙面では、民意の背景に反エリート主義やポピュリズムの台頭があることを指摘した。その時点では米大統領選との連関で取り上げられることはあまりなかったが、「トランプ現象」や、民主党予備選で注目を集めたサンダース氏の支持層にみられた現象とも通じるものだろう。

 河野PE 現状の延長線上では永遠に浮かび上がれない。「とにかく何かをやってくれそうだ」。トランプ氏やサンダース氏にはそう思わせるものがあって、新鮮に見えたところが支持につながったのか。

 梅原補佐 オバマ氏が初当選した当時から分断はあったし、既成メディアに対する批判もあった。変わったのはツイッターやフェイスブックなどに代表される新たな情報発信ツール、ソーシャルメディアが普及したこと。互いに分断された中で自分たちの見たい世界だけを見て、偏った見方によるメッセージが増幅されていくようになった。

 湯浅PE 真実かうそかにかかわらず、声なき声はもともとあった。それがソーシャルメディアという道具を持ったことで世界中に届くようになった。

 坂尻信義・国際報道部長 井戸端会議のような会話が、ソーシャルメディアでそのまま世界とつながるようになった。偽情報の氾濫(はんらん)が、重大な事態を招きかねないと危惧している。

 河野PE ニューヨーク・タイムズなどの主要紙をはじめ伝統メディアへの依存度、信頼感がまた、急激に落ちているようにみえる。白人中流層の日ごろの判断材料はテレビか、あるいはソーシャルメディアか。

 金成記者 取材したトランプ氏支持者たちに、主要紙やCNNを日常的にチェックしている人はまずいない。多くはフェイスブックで知人のシェアした情報を流し読むぐらいだった。保守系のテレビ局FOXニュースは人気がある。

 佐古浩敏・政治部長 大統領選での米国メディアの報道を参考に、昨年秋から紙面で「ファクトチェック」を始めた。政治家らの発言について、単純な間違いのみでなく、過去の発言との整合性や都合のいい一部分しか説明されていないということはないか、ということも調べている。確認する過程を紙面化していくことも新聞の役割だと気がついた。

 中村史郎・ゼネラルエディター 新聞の強みは取材経験のノウハウを生かした調査報道にある。森友学園や加計学園問題のような調査報道は、掘り起こすのに時間も手間もかかる。地道な取材に基づいた報道はデジタル空間でも確実に求められている。一方、ネット内のフェイクニュースに対抗するには、正確な情報を速くデジタルに発信することも重要。試行錯誤を続けている。

 古城氏 フェイクニュースは誤りを正すことも大事だが、どうやって作られているのかを知らせていく必要もある。

 小島PE デジタル版で取り上げた元ニューヨーク・タイムズ編集主幹の言葉が印象に残った。「リベラル支持だけでなく幅広い読者に記事を読んでもらうため、記事の『トーン』に気をつけている」という。

 山脇編集委員 「トーン」、つまり記事の書きぶりは重要だと思う。客観的なニュース記事でも、ちょっとした表現に記者の主観が表れることがある。米国の主要メディアの一部の記事には、トランプ支持者を見下すような色合いがあり、読者を遠ざけてしまった面がある。

 河野PE 「トーン」も大事だが、取材者の「マナー」も大事だ。人々が何を喜びとしているのか、何に痛んでいるのかを伝えるには、人の話をちゃんと聞き、理解することだ。それは技術的なもの以前の問題だ。

 松村茂雄PE 伝統メディアへの憎悪の高まりには、どう向き合うべきか。

 湯浅PE 読者にとっては「何を言っているか」よりも「誰が言っているか」が重要。その際には言っていることとやっていることの一致に加え、記者の人となりが見えるのが望ましい。

 金成記者 朝日新聞では記者がツイッターで発信している。記事に対する反応を知るのに有効な手段というだけでなく、記事を書く過程を見てもらうことも大事だ。読者に記者が自分たちと同じように悩み、考えながら取材しているということが伝われば、読者の受け止め方も違ってくるのではないか。

 小島PE 記者の誠実さが表れていることが大事だ。この記者が書いた記事なら信用できる、というような。

 長谷川玲・東京本社社会部長 どこまで取材を尽くせばその国の実相を「とらえられた」といえるのかは悩ましい。取材を重ねれば重ねるほど多様さ、複雑さは増し、わかりやすく単純にくくって報告することに抵抗感が生じる。確かに、ツイッターのつぶやきを集めただけのような内容でも、割り切り良く全体像を語るリポートのほうが受け入れられやすい傾向はある。しかし、大切なのは、現場に行き、実際に見聞きしたことをもとに伝える姿勢だ。

 湯浅PE 現場で聞き取った事実を正確に伝えることに加えて、読者との「対話」も重視したい。真実を探求する「議論」と違い、「対話」は「なぜこの人はそう考えるのか」と相手にフォーカスする。偽ニュースに翻弄(ほんろう)されない社会全体のリテラシー向上のためには、新聞も読者との対話の場づくりに踏み込んでいく時代に入ったと考える。

 小島PE 「誤報はない」と言い切るメディアは信用できない。誤報を速やかに正し、過ちから学ぶ姿勢がメディアの信頼性を左右する。14年の一連の問題を経験した朝日新聞には、まさにそれが問われている。

■激変する世界、対話力を磨く 常務取締役編集担当・西村陽一

 私も記者として十数年間海外から記事を送ってきたが、ともすれば内向きになりがちな日本の新聞において国際ニュースとは、単なる「遠い国のお話」ではなく、世界と日本の社会や歴史にどういう意味を持つのかという広がりを常に意識すべき分野だと思う。たとえば欧米で今起きていることは、既成政治への信頼の崩壊、「彼らは自分たちの代表ではない」という代表制民主主義の空白地帯の拡大といったグローバルな地殻変動でもある。その点でも金成記者のルポは世界と日本の今後を考える糸口になるのではないか。

 トランプ氏に見られるようにネット活用に習熟した権力者が自らメディア化し、メディアとしての影響力も持つようになった。フェイクニュースの氾濫、既存メディアへの世界的な信頼低下も起きている。こうした環境激変の中、「対話」がキーワードになっている。紙面とデジタルの内外で多様なコミュニティーを作り、読者との強固な関係を築いていくことは報道機関の重要な仕事だ。「対話力」を磨くことで信頼の回復と向上に努めたい。

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〈あすへの報道審議会〉 社外の声を今後の報道に生かすため、本社が昨年度に新設した。日々寄せられる読者の声や紙面モニターの意見をもとにPEが本社側と議論する。参院選報道、訂正・おわび記事、犯罪被害者の実名・匿名報道、連載「小さないのち」「子どもと貧困」など子どもに関する報道を取り上げてきた。

 今回は、トランプ大統領誕生に象徴される社会の分断の分析など国際報道が担う役割について議論した。司会は本社社員の松村茂雄PE。