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 山梨県甲州市の一軒家に暮らす雨宮福子さん(69)は、小学3年生の冬、突然、足首の痛みに襲われた。最初は「かぜかな……」と思っていたが、それ以来、自由に外出できなくなった。両親や兄が先立ち、関節リウマチの進行による障害を抱えた雨宮さんは今、一人暮らしを続ける。病気を知って「死にたい」と思った20代を乗り越え、信頼できる主治医と出会った40代から世界が変わってきた。

 ■人生と重なった曲『道標』

 JR中央線の塩山駅から甲府盆地を背にして、坂道をあがっていくと、雨宮福子さん(69)が一人暮らしをする集落がある。駅周辺の市街地と比べると、標高が300メートルほど高い。

 玄関の奥の居間には、シンガー・ソングライター福山雅治(ふくやままさはる)さんが写ったビール会社のポスター2枚が貼られている。

 「まだファン歴7年目」

 関節リウマチの進行による関節の変形で、1人で外出ができない。そんな福子さんの楽しみは、毎週、『福山雅治 福のラジオ』をラジカセで聞くことだ。テーブルの上にあるラジカセの隣には、『福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル・魂のラジオ』の最終回を録音したテープがあり、繰り返し聞いている。

 きっかけは、2009年、テレビ番組『NEWS ZERO』のエンディングで流れた福山さんの曲『道標(みちしるべ)』だった。

 

 ♪人に出逢(であ)い 人を信じ 人にやぶれて

  人を憎み 人を赦(ゆる)し また人を知る

  風に吹かれ 泣いて笑い 生きるこの道

 

 衝撃が走った。

 「私は(今の主治医の)古屋(ふるや)先生と出会うまでは、人に会うのが嫌いな人だった。この歌を聴いて、『人に会わないと何も始まらない』と言われたような感じだった」。そして歌詞の冒頭部分が、子供の頃、関節リウマチの痛みで眠れない福子さんの体をさすってくれた母の富(とみ)さんと重なった。

 

 ♪わたしは その手が好きです

  ただ毎日をまっすぐ生きて

  私たちを育て旅立たせてくれた

  あなたの その手が好きです

 

 約60年にわたる闘病で、ひざがX脚に変形し、手のひじや指も曲がっており、体幹のバランスが上手にとれない。家の中でも、歩くときはバランスを崩さないように右側だけ松葉杖を使っている。部屋のあちこちにいすがある。

 「一度床に座ってしまったら、なかなか立ち上がることができないからね」

 

■母と支え合って生きた

 小学3年生もあと1カ月で終わろうとしていた時、福子さんは足首の激しい痛みに襲われた。両親は「風邪かもしれない」と思っていたが、関節の痛みは増していった。夜も眠れず、富さんが体をさすってくれた。家の中では、ひざ立ちして移動するしかなかった。

 「男の子とあんなに走り回っていたのに……。スクールバスもない時代だから、どうしようもなかった」

 学校に通うことを諦め、それ以来、家の中が中心の生活が続いた。

 発症したのは昭和30年代。両親は農業を営んでいた。富さんが福子さんをおんぶして開業医に連れて行ってくれた。ただ、痛み止めは効かなかった。関節の炎症に伴う痛みは、足首からひざ、肩、ひじ、指へ広がった。20代になると、少しずつ関節の変形が始まり、右手の中指の関節や右ひじ、足のひざなど徐々に広がっていった。ただ、この時はまだ自分がどのような病気か知らなかった。

 当時の臨床現場は、関節の痛みが体のあちこちに生じることをリウマチと呼んでいた。現在は、体を守る免疫細胞が、関節を覆う膜の内側にある滑膜を誤って攻撃し、炎症が続くことを指す。関節の痛みと腫れ、こわばりが特徴で、進行すると関節を壊していく。日本では、1999年に抗がん剤メトトレキサートがリウマチ治療薬として承認されるまで、効果が高い治療薬がなかった。

 学校に通えなかったものの、両親から「新聞だけは読んでおくように」と言われ、毎日精読した。20代半ば、写真付きの新聞記事が目にとまった。リウマチ患者の体験記だった。

 「私と同じ手。もう治ることはないんだ……。リウマチなんだ」

 ショックで落ち込んだ。それでも「母がいたから一緒に生きた」。

 富さんは67年ごろ、脳梗塞(こうそく)で右手が不自由になった。それでも左手で庭の草取りをしていた。ただ、富さんの病状は悪化していった。40歳ごろ、股関節の痛みから、富さんに食事を運ぶことさえ出来なくなった。杖一本で家の中を歩くのも大変だった。

 「もう死んでもいいかな」

 福子さんが病床の富さんに言った。富さんの語気は強かった。

 「親が先に逝くものだから、絶対だめ」

 福子さんは、胸の中でこう思った。

 「こんな不自由な私を残して、どうするの」

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