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 来年2018年は、「北海道」の命名から150年目となる記念の年。北海道は今年から産官学をあげて様々なイベントをしているが、そこで引っ張りだこなのが「名付け親」とされる幕末の探検家、松浦武四郎(1818~88)。全国的にはさほど知名度が高くないが、北海道の郷土史に必ず登場する重要人物だ。武四郎が「愛される理由」とは?

 観光地としても人気の北海道庁赤れんが庁舎(札幌市中央区)で17日、「松浦武四郎まつりin札幌2017」が開かれる。武四郎の功績を振り返る講演やパネルディスカッション、アイヌ音楽のミニコンサートなどが予定されている。北海道の経済人有志らによる企画で、これを第1弾として150年を盛り上げていくという。このほか計画されている150年関連事業にも、武四郎にまつわるものが多い。例えば札幌市中央区のホテルでは、名字が「松浦」の人の飲食料金を5%割り引くサービスを実施中だ。

 道内には武四郎にちなんだ石碑が約60基もあるという。また、北海道教育委員会が制作した道徳教材「きた・ものがたり」でも、トップバッターとして武四郎が登場する。これほど脚光を浴びるのは、「和人」に収奪されていたアイヌ民族の立場で意見や行動をしてきたことが背景にある。

 松浦武四郎は伊勢国(三重県)出身。幕末期にアイヌ民族の協力を得て蝦夷地や樺太(サハリン)、千島列島などを探検し、多くの記録を残した。武四郎にとってアイヌ民族は重要な恩人であり、アイヌ民族にとっても寝食を共にした武四郎は最も信頼できる和人となったという。

 1869(明治2)年、政府が蝦夷地に代わる新しい名前を検討した際、武四郎は「北加伊道」など6候補を提案し、これが「北海道」のもととなった。武四郎はアイヌの長老から、この大地に生まれた人を「カイ」と呼ぶことを聞き、「北にあるアイヌの人々が暮らす大地」という意味を「北加伊道」に込めたとされる。

 北海道は半世紀前の1968年…

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