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 わたしが新聞記者になって、まず地方支局でしばし修業して、東京政治部員になったのは1974年の夏、田中角栄さんが総理大臣のときだった。むかしのレンガ造りの総理官邸、その奥の総理大臣室の前に一日中張り込んで、総理大臣が廊下に出てくるとまつわりついてどこに行くのか、だれと会うのか確かめ、時の政治問題について質問する。

 総理大臣室の隣には、「総理大臣秘書官室」があって、榎本敏夫さんはそこの一番奥の席にいた。榎本さんは首席秘書官、そのほかに大蔵省(現財務省)、外務省、通商産業省(現経済産業省)、警察庁の官僚が一人ずつ、秘書官として詰めていた。もうひとり、政治記者出身の早坂茂三なる人物が別室にいた。わたしたち総理番記者は、角栄さんに接触できない合間は、彼ら秘書官から話を聞いた。官僚の4人にはそれぞれの担当の政策課題、早坂さんからは政局の裏話、秘話を聞かせてもらった。

 しかし、榎本さんはいつも寡黙で、かばんを持って秘書官室を出入りするけれど、あまりわたしたちと話さなかった。

 その榎本敏夫さんが7月2日、…

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