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 大阪桐蔭と履正社が決勝で史上初の「大阪決戦」を繰り広げた今春の選抜に、「地域性」という理由で出場できなかったチームがある。上宮太子(大阪)だ。「もう、負ける気はない。勝つことだけイメージしています」とは大阪屈指の右腕、森田。つかみ損ねた甲子園へ。チームは17日の2回戦、登美丘に苦しみながらも勝利した。

 昨秋の府大会決勝で履正社を10―3で下して優勝。近畿大会でも8強入りしたが、履正社が優勝し、府大会3位の大阪桐蔭も4強入り。「同一道府県から3校以上選ばない(21世紀枠をのぞく)」という選抜の規定により、近畿の代表7枠(神宮大会枠を含む)から漏れた。秋の公式戦で唯一、履正社に勝ったチームであるにもかかわらずだ。

 だから、この夏にかける思いは一層強い。「負けません」という単純明快なスローガンを掲げ、冬場の練習に取り組んできた。

 だが、1、2回戦と苦戦が続く。1回戦は終始リードを許し、九回に逆転サヨナラ勝ち。この日は結果的に11―2と大差をつけたが、序盤はピンチの連続。七回までは5対2の僅差(きんさ)だった。

 課題は明確だ。履正社の強力打線をも抑えたエース森田の負担をどれだけ減らせるか。つまり、打線がどれだけ打ち、森田以外の投手がどれだけ踏ん張れるかということ。

 ここまではまだ、力を発揮しきれていない。2試合とも森田以外の投手が先発したが、いずれもピンチでエースの救援を仰いだ。

 「ピンチでも慌てることはない。やるべきことをやれば抑えられる」と森田は頼もしいが、2回戦で2番手投手として六回途中まで投げた川崎は「できれば最後まで投げたかった」と悔しがった。

 大阪大会は1回戦から8試合の長丁場。主に週末しか試合がない秋と違い、終盤は連戦が続く。森田といえど、疲れがたまった状態では大阪桐蔭や履正社の打線を抑えるのは難しく、大会序盤は「1回でも森田の登板を減らしたい」というのが日野監督の本音だ。

 2001年夏に甲子園に出た時は、スポーツクラスがあった同校だが、共学となった今、選手たちは「総合コース(普通科)」や「特進コース」で月・水・金曜に8時間授業。野球部のグラウンドは上宮と共用のため、使えるのは火・木・金曜と週末の半分だけと、限られた条件の中で練習してきた。

 春は大阪桐蔭と履正社という「2強」に押し出されて逃した大舞台。16年ぶりの甲子園へ、「負けません」の夏が続く。(山口史朗

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