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 小児がんの原田歩夢(はらだあゆむ)くんは2015年9月、自宅で母の瑞江(みずえ)さん(28)の腕の中で息を引き取った。当時、4歳だった。2年半の闘病生活は、専門治療ができる東京の病院と自宅がある埼玉の往復だった。心身共に疲れていた瑞江さんを孤立から救ったのは、在宅チームの献身的なサポートだった。感染症への対応、治療のやめどき、急変時の心肺蘇生といった難しい判断も、悩みつつ乗り越えていった。

 

■早期発見なら治るよね?

 2歳の誕生日から1カ月ほど経った2013年3月31日夜、家族4人で夕食を食べていた原田歩夢くんの顔が青紫色になった。「ごはんがのどに詰まったのかな」と思った母の瑞江さんは、口の中に指を入れて吐かせようと必死になった。家族は、救急車を呼んだ。

 歩夢くんは、父の健太(けんた)さん(28)と瑞江さんの次男。よく泣く子だった。1歳上の兄の愛翔(あいと)くん(7)とともに、家族4人で埼玉県新座市に暮らしていた。運ばれた国立病院機構埼玉病院の医師に、瑞江さんは症状とともに思いついたことを言っていった。

 「2歳になったのに、よちよち歩きで、すぐ転ぶんです」

 「たまに手が震えることがあります」

 CTの撮影後、医師は瑞江さんを別室に呼んでこう説明した。

 「ここに白いかげがあるの分かりますか」

 「腫瘍(しゅよう)があるので検査をした方がいい」

 瑞江さんは「がんということですか?」と聞き直した。それからは心の中で「うそでしょ」「でも早期発見なら治るよね」と言い聞かせ、不安を抑えようとした。健太さんは、愛翔くんを知人に預けて駆け付けた。健太さんと瑞江さんは「涙はかれることがないんだ」と思うほど病院で泣いた。

 すぐ救急車で小児医療の専門病院、国立成育医療研究センター(東京都世田谷区)に転院搬送された。脳腫瘍の疑いだが、その影響で軽い水頭症がみられた。翌日、内視鏡で水頭症の緊急手術をした。腫瘍は4月17日、生検で少し採れた組織を調べた。脳腫瘍の一つ、脳幹グリオーマだった。腫瘍の場所によって、手足のまひ、感覚、言葉などに障害が出る。歩夢くんの場合、腫瘍が脳幹を包んでおり、手術ができない。一般的には、4~10歳の発症が多く、2歳での発症は珍しかったため、詳しい群馬大学にコンサルテーションも依頼した。

 健太さんも「早期発見なら治るかな」と思ったが、スマートフォンで脳幹グリオーマを検索して調べると、手術が難しいことが分かった。

 瑞江さんは入院中は毎日、病院に通って面倒をみた。看護師らが忙しく働く姿を目にしており、それをカバーするため付き添う家族も多い。子どもの愛翔くんは、病棟に入れない。地元の保育園で受け入れてもらったが、午後5時に迎えに行くため、時間が確実な電車とバスを使った。

 5月1日に退院したが、自宅での室内移動はハイハイ、外出はベビーカーや抱っこひもを使うようになっていた。瑞江さんは「不安はあったけど、家に帰ってきてくれたことが大きかった」。夫婦にとって2人の子どもが大切だった。「今は歩夢のことを優先したい」。本格的な治療が始まる前、家族で東京ディズニーリゾートに行った。

 1泊2日の検査入院した6月13日、MRIで脳の画像を撮ると、腫瘍が大きくなっていた。主治医となった寺島慶太(てらしまけいた)さん(44)ら医師が治療法を検討した。「年齢が低いうえ、悪性度が分からなかった」こともあり、まずは抗がん剤を始めることにした。「まだ、予後が把握し切れていなかったし、命にかかわることがないのかもしれないという見方もあった」からだ。

 検査入院中の歩夢くんは、柵付きのベッドの上で座ったり、つかまり立ちしたりしていたが、右手や右足の動きが悪くなっていた。入院中はリハビリにも通い始めた。

 

■患者と家族の孤立を防げ

 6月27日、国立成育医療研究センターで抗がん剤治療を始めた。子どものため、鎖骨に埋め込んだポートを使った。1週間に1回通院して注射するほか、5週間に1回入院して点滴で投与した。しばらくすると、瑞江さんが自宅のお風呂で歩夢くんの髪を洗っていると毛が抜けていった。「歩夢が頑張っている証拠」と自分に言い聞かせたが、外出するとじろじろ見られた。

 抗がん剤は免疫力が低下する。7月になると、保育園に通い出した愛翔くんが手足口病を発症。歩夢くんも感染してしまった。健康な子どもならかかりつけ医での通院治療で済むが、歩夢くんは免疫機能が落ちているため、重症化しやすい。入院治療した時は、保育園に、これからは感染症の園児がいたらすぐ連絡をもらえるようにお願いした。

 抗がん剤治療から半年。12月8日、MRIで治療効果を確かめたが、腫瘍は10%大きくなっていた。治療法は、腫瘍に放射線を照射する方法か、抗がん剤の切り替えしかない。主治医の寺島さんは「放射線治療は避けたい」と言った。大脳の広範囲に照射すると発達障害が起こる可能性がある。両親は、週1回の外来で注射する別の抗がん剤に切り替えることを選んだ。

 この頃、瑞江さんは緩和ケアの看護師の前で初めて泣き崩れた。日中は、健太さんは仕事、愛翔くんは保育園で、自宅での看病や通院は瑞江さんが1人でしていた。医療者からは、「1日1日を大事にしてください」と言われていたものの、悩みを誰かに相談することができず、家で過ごすことが瑞江さんのストレスになっていた。

 「休める時間がない」

 「(歩夢くんのためにいろいろ)やってやりたいけど、どうしたらいいか分からない」

 「同じ気持ちの人が周りにいないので、分かってもらえない」

 看護師から連絡を受けた院内のソーシャルワーカーが、患者と家族を支えるためのチーム作りに動き出した。

 体幹機能障害などで障害1級の認定を受け、4月から地元の埼玉県新座市にある「みどり学園」に通うことになった。ここは、機能障害がある子どもが母と通う。「病気だから治る」と思うようにしていたこともあり、障害を認めることに少し抵抗感があった一方、「友だちと遊ばせてあげられる」ことがうれしかった。通うことで、保育士や理学療法士に気軽に相談できるようになり、在宅療養で難しかった生活のリズムを付けられるようになった。

 「ママ友ができ、話し相手になってくれた」

 みどり学園に非常勤で勤務していた理学療法士の中島愛(なかじまあい)さん(44)は、訪問看護ステーションで非常勤の訪問リハビリをしていたこともあり、自宅にも通って在宅リハビリをした。座った体を支える「座位保持装置」を導入。外出しやすいようにバギーを貸し出し、抱き方も工夫した。

 寺島さんは、地元の新座志木中央総合病院の医師で、かつて国立がん研究センターで小児がん患者を診ていた森尚子(もりなおこ)さん(40)に連絡した。「治療は、うまくいく可能性といかない可能性がある。早めの段階から専門病院の主治医と地元の医療者との連携が大切」と考えた。

 森さんは月1回、通院してもらうことから始めた。かぜやぜんそくといった一般的な小児科の治療は地元で行うこととし、抗がん剤治療中の発熱の場合でも、まず訪問看護師が自宅で抗生剤の点滴をして、それでも良くならない場合、成育医療研究センターに運ぶようにした。

 訪問看護も入れ、瑞江さんの負担は少し軽くなった。

 

■急変時に人工呼吸器付けますか

 14年3月1日、歩夢くんは3歳の誕生日を迎えた。歩夢くんは4月24日、2回目の抗がん剤の効果を確かめるため、国立成育医療研究センターでMRIを撮影した。腫瘍はゆっくり大きくなっていて、診察では右下肢の筋力が低下していた。

 瑞江さんがスマートフォンで検索すると、放射線が一番の治療法という記事がいくつもあった。

 「寺島先生がいうように後遺症が残るデメリットもあるけど、腫瘍がなくなるなら……」

 「子どもの放射線治療の決断は重いものがある」と慎重に検討していた寺島さんだったが、両親と時間をかけて話し合った末、放射線治療が可能な3歳になったことから、5月から6月にかけて計30回、局所放射線治療をすることにした。腫瘍は部分的に小さくなり、腫瘍細胞の密度も減った。

 動きが活発になった。言葉を少しずつ話すようになった。四肢のつっぱりや飲み込みが悪かったのが改善された。

 瑞江さんは「治った」と思った。家でも、ハイハイのスピードが速くなり、テレビ台につかまって立てるようになった。食事でもむせなくなった。大好きなモンスターズ・インクやトイ・ストーリーのキャラクターグッズで遊ぶ姿を見て、瑞江さんと健太さんは、「信じられない」と回復を喜んだ。

 ただ、年子の兄、愛翔くんは「何で歩夢は歩けないの」と理解できていなかった。瑞江さんは「頭の中に悪者がいて闘っているんだよ」と言い聞かせると、愛翔くんは「歩夢がんばっているんだ」と納得してみせた。この後は、保育園の迎えに来た瑞江さんに抱っこされている歩夢くんを見て、他の園児が「歩夢、歩けないの―」と言っているのを見ると、愛翔くんが「頭の中に悪者がいるんだよ」とかばってみせた。ぺたぺた触ってくる園児には、「歩夢に触っちゃだめ。歩夢が熱だしたら大変だから」と注意するようになった。

 親子で、みどり学園のクリスマス会や調理実習を楽しんだ。冬には、瑞江さんが「もう、普通の保育園でもいいのかな」とみどり園の面談で相談したほど、活発さを取り戻しているように感じた。

 ところが、15年1月、自宅でいすに座って食事をしていると、体が傾き、少しむせるようになった。後日、国立成育医療研究センターでの定期的な通院で、主治医の寺島さんに話してみた。2月、MRIを撮影すると腫瘍が再燃していた。腫瘍が再び大きくなり出していた。

 寺島さんは、「再燃後の予後は厳しい。3カ月から6カ月の余命かもしれない」などと伝えた。治療をあきらめられない瑞江さん。同時に「治療がないわけではない」とし、短期的な延命効果としての抗がん剤治療などを説明した。瑞江さんと健太さんは、即答できなかった。

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