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 小児がんのため、4歳6カ月で一生を終えた原田歩夢くんが、埼玉県新座市の自宅で母の瑞江さん(28)の腕の中で息を引き取ることができたのは、専門的な治療をする主治医と在宅チームの両方に、偶然にも小児がん患者の在宅ケアに経験が豊富なスタッフがいたためだった。加えて、在宅チームには、患者や家族のニーズを的確に判断し、支えていく使命感と突破力があった。

 

■家族からすれば「初めて」だらけ

 歩夢くんの人生の半分以上は、闘病生活でした。病気や大きなけがなんてしたことがないという20代の原田さん夫婦にとって、初めてだらけでした。

 腫瘍(しゅよう)が見つかった時に、病状の次に不安に感じたことを尋ねました。瑞江さんは、1歳年上の長男のことと、治療費を含めた家計のことを挙げました。

 埼玉県に住む原田さん一家の場合、脳腫瘍(しゅよう)の治療は、東京の国立成育医療研究センターに行かないとできませんでした。最初に搬送された埼玉県内の病院の判断は的確でしたが、多くの小児がん患者や家族がストレスに感じているのは、住み慣れた自宅や家族と離れて治療を受けなくてはいけないということです。ここが大人のがん患者と大きく違う点です。

 母は入院に付き添い、二重生活が始まります。父は治療費と二重生活の家計を支えるため、働き続けなくてはなりません。小児がん患者の家族は、看護休暇や有給休暇が充実している企業の社員や公務員ばかりではありません。

 父の健太さん(28)は当時、従業員5~6人の会社に勤めていました。腫瘍が再燃した2015年春、大手下請け会社から回ってきた都心の仕事場での仕事と重なってしまったそうです。「社長に職長を頼まれましたが、いったんは歩夢のことがあったので断りました。ただ、職長ができるのは2人しかいないうえ、大きな仕事が二つ重なっていたので引き受けざるを得ませんでした。(歩夢くんが亡くなる直前の8月に)現場が終わった後は、社長に謝られました」

 このような経緯は、誰にも話していないそうです。

 瑞江さんは、歩夢くんが亡くなった後、母子で通っていた「みどり学園」の文集に寄稿しています。そこには、「検査で再発したと告げられ、その日から毎日不安でいっぱいでした。治療法があるならやってみようとパパとも相談し、何度も意見がぶつかり喧嘩(けんか)もしましたがよく話し合ったうえで、もう一度抗がん剤治療をすることに決めました」などとあります。

 在宅チームは、歩夢くんの治療や看護をするとともに、家族のケアにも力を注ぎました。診療報酬が発生する訪問以外に、話し合いの場を設けるなど、橋渡しをしていました。

 ただ、歩夢くんの家族が特別ではありません。付きっきりで神経をすり減らす母と、仕事で看病になかなか関われない父の間の摩擦については、昨春、「がんと就労」という企画でメールを頂いた兵庫県の小児がん患者の両親を取材した時にも聞きました。「患者支える家族の両立問題も知って 小児がん患者の家族の声」(http://www.asahi.com/articles/SDI201604305364.html)。病院で付き添いストレスを感じている母と、家計や会社に迷惑をかけたくないという父の葛藤です。家族をつなぎとめたのは、医師の「週単位で考えてください」という言葉と、勤務先の会社に「傷病プール有給休暇」といって過去の未消化の有給休暇を家族が病気になったときに使える制度があったこと、そして「ここはプライドを捨ててでも家族3人で過ごした方がいい。ずっと後悔したくない」という父の決断でした。ホスピスの看護師も、24時間子どもに付き添って心身共に疲れている母の様子をみて、「看(み)ていてあげるから、ちょっと梅田まで出かけてきたら」と声をかけ、レスパイトの時間を作ってあげていました。

 歩夢くんの家族は在宅中心で治療していくことを選び、兵庫の家族はこどもホスピスを選んだといった療養場所の違いはありますが、家族内の葛藤は、共通部分が多いと思いました。

 

■「在宅」がプレッシャーになってはいけない

 主治医だった寺島慶太さん(44)は、アメリカの病院で5年間、小児がん患者の治療をしてきた経験があります。「小児がんの治療も、外来がベースにかなりなってきています」「地域にはサテライトのクリニックがあり、ホームケアが充実していて専門看護師も多くいます」と話していました。また、「欧米では緩和医療の考えが、普及しています。治癒が見込めない場合、オンコロジスト(腫瘍内科医)はフェードアウトしていきますが、日本ではオンコロジストが最期まで診ています」と、違いを話していました。

 寺島さんも成育医療研究センターでは、院内のソーシャルワーカーや過去に引き受けてくれたクリニックの医師らを頼って、個別に在宅チームを探している状況が続いているそうです。小児がんの場合、親もなかなか決断できないので、早い段階から地域の医療者、在宅チームとの連携が重要だと言います。

 在宅チームの医師、森尚子さん(40)も、国立がん研究センターで培った小児がん患者の緩和ケアといったスキルを持っていました。森さんは「すべての患者が在宅でいいというわけではありません。病院で過ごす患者と家族もいていいし、在宅がプレッシャーにならないようにしないといけません。入院をベースにして、外泊でもいいのです。医療者が在宅を押しつけるのはよくありません」と話します。これは大切なことです。もう一つは、森さんと訪問看護をした看護師の桑田由美子さん(46)といった在宅チームが、「このお母さんなら肝が据わっていて、真のキーパーソンとなって動いてくれる」と判断したことや、在宅チームの医療者と家族がお互いを信頼できる関係にあるかが非常に重要と言います。

 歩夢くんの病状の変化の情報を在宅チームと主治医で共有し、瑞江さんの相談にもこまめに応じてアドバイスしていた桑田さんも、埼玉県立がんセンターでの勤務経験や、4人の子どもを育てるママという育児経験が寄与していることが大きいと感じました。

 理学療法士の中島愛さん(44)も、小児のリハビリを専門にしています。一番気をつけていた点を尋ねると、「できるだけ家族の生活を崩さないことだった」と振り返ります。もう一つは、「家族がみんなが役割を持って、患者に何かしてあげることも大切です」と言います。健太さんも、病状が悪化した8月下旬からは仕事を休むようになり、歩夢くんの経管栄養のためのチューブを頰に止めたテープに絵を描いたり、鼻の管から水分を補給したり、家族の食事を作ったりしていたそうです。

 中島さんら在宅チームが過去、18歳の女性を自宅で看取(みと)った時は、おむつの交換や着替えの手伝いができない父にこそ、リハビリテーションをしてもらい、弟や妹には聴診器を渡して姉の様子をみるように促したそうです。「家族みんなで患者を見守るようにした」と言います。

 中島さんは、いつも「結果的に、おうちに居られてよかったねと言われるようにしたい」と考えて、患者や家族と向き合っているそうです。だから、「今の見極めが大事」だとも言います。車いす一つでも、昨日は座れたけど、今日は座れなくなることがあります。そんな時、バギーから車いすに替える判断ができるかが問われていると言います。

 

■「最善」をチームですりあわせる

 残念ながら、訪問看護も訪問リハビリも、そして在宅医も、人によって得意不得意があり、どこまで積極的にかかわるかといった部分で差があります。どんな在宅チームを作れるかで、できるだけストレスが少ない療養環境の整備や、自宅での看取りの可能性が違ってきます。とはいえ、この差を一般の人たちが事前に知ることは難しいです。

 森さんは「子どもの場合、専門病院での治療と在宅ケアが重なります。だから、患者や家族が、在宅医と専門病院の医師の治療の間にギャップを感じると、在宅チームは受け入れてもらえません。信任を得るためには、『家に居るからできない』ということではいけないと思います。その子にとって、『最善』を専門病院と在宅とのチームですりあわせて、少し大変でも必要なことは準備をしていくことが大切です」と話していました。そして、こうも言っていました。「診療報酬以外のことも多いですね。お金ではありませんから」

 

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<アピタル:患者を生きる・我が家で>

http://www.asahi.com/apital/special/ikiru/(岩崎賢一)

岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき・けんいち) 朝日新聞記者

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで、医療を中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集者を経て、現在は連載「患者を生きる」担当。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』、『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)