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 かつて自転車の車軸についていた、カラフルな輪状のブラシを覚えていますか? その名は「ハブ毛(け)」。どことなく昭和の香りが漂うその商品を、愛知県津島市の小さな会社が作っています。全国でも希少なメーカーなのですが、数年のうちにも製造をやめるというのです……。

 「ハブ毛を作るところが見たいって? そんなもの、見せるようなものじゃないよ」

 津島市にある自転車問屋「三優商会」の代表、佐藤昌利さん(74)は言った。

 自転車の車軸「ハブ」に巻く「毛」だからハブ毛。用途は車軸の汚れ落としとされるが、「そこの汚れなんて誰も気にしない。小売店がお客さんへのサービスの一環でつけていた飾りですよ」と佐藤さん。

 誰が最初にハブ毛を作り始めたのかは分からないが、佐藤さんが始めたのは1970年代。当時、ハブ毛を隣町の業者から仕入れ、卸売りをしていたが、オイルショックで品薄に。「仕入れのめどが立たなくなって、自分で作ろうかってことになったんですよ」

 材料はポリエチレン製の繊維と針金、鉛玉。針金をねじって、ふさふさの繊維を絡ませるようにつくる。今もなお「現役」の製造機械は、機械いじりが得意な友人が窓枠の廃材やミシン用のモーターを組み合わせて作った。内職の人を雇って生産を始めた。

 当時、自転車が故障しても小売店で修理して長く使った。ハブ毛をサービス品に使う小売店の繁盛とともに生産も右肩上がり。80年代は月4万~5万本を作っていた。

 転機は自転車をめぐる物流の変化だ。自転車が大型スーパーやホームセンターでも売られるように。自転車メーカーも小売店を通さず、通信販売で直接売り出し始め、町の自転車店は減ってきた。

 国の商業統計によると、70、80年代の自転車小売業は3万6千店前後。2014年には1万1千店余りに。小売店の減少とともにハブ毛の出番も減った。

 佐藤さんによると、名古屋や大阪にもハブ毛の製造会社があったが、次々に撤退。佐藤さんは「20年ほど前から、うちだけになったと思う」と話す。

 現在も月1万本ほどを作っているが、寄る年波には勝てない。佐藤さんは2、3年前、仕入れた材料を使い切る時間と自分自身の残り時間をはかりにかけた。「材料がなくなったらやめようと思っています。あと3年くらいでしょうか」

 ハブ毛の繊維は赤、青、黒、ピンク、紫、緑、白の7色あったが、緑と白はすでに在庫が切れた。残った色を使って作るが、色の注文に応えられなくなれば、手を引くつもりだ。

 オイルショックをきっかけに、たまたま作り始めたハブ毛。やめるのに未練はない。「潤沢にモノがある時代だったら手は出さなかった。人生って面白いものですね」。佐藤さんは笑った。(保坂知晃)