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 国籍や軍籍にとらわれず、無数の戦死者たちの名を刻む異色の記念碑がある。今年92歳で亡くなった大田昌秀さんが、沖縄県知事として迎えた戦後50年の節目に完成させた「平和の礎(いしじ)」(糸満市)だ。大田さんが礎に託したもの、礎が私たちに伝えるものとは何か。(木村司)

 高さ1・5メートルの黒い石の壁が並ぶ。総延長は約2・2キロ。沖縄戦などで亡くなった計24万1468人もの名前が刻まれた「平和の礎」。沖縄県民だけでなく、日米両軍のトップや特攻隊員、植民地だった朝鮮半島や台湾出身者の名もある。建てられた際の県の計画書は、「戦没者の英霊視につながらないもの」と記す。

 戦死者たちとどう向き合うのか。大田さんには戦後の人生そのものだった。

 1945年3月、「鉄血勤皇隊」と名付けられた男子学徒隊に動員され、弾薬運びや伝令、敵陣への突撃まで担わされた。386人の学友のうち226人が戦死。敗戦を知らないまま10月に捕虜になるまで、極限の戦場にいた。

 飢餓に苦しんだあげく自決する兵士。降伏しようとする味方を射殺する兵士、身を隠す壕(ごう)から子どもや老人を追い出し、食料を奪いとる兵士……。

 「戦争は勝者も敗者もなく、ただ無数の人間の貴い血が際限もなく流されるだけだと、膨大な死者の名前から読みとっていただきたい」――。平和の礎に託した思いを、大田さんは著書『沖縄の決断』でこう記している。

 ただ、戸籍は焼失していた。全員が亡くなった一家など、記録のない死者たちが少なくなかった。大田さんが決断したのが、県民だけで10万人規模になる全戦没者調査だった。

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