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 東日本大震災で3977人が犠牲になった宮城県石巻市。同じ数の木像を、震災後に休校となった小学校の教室で彫り続ける美術家がいる。

 市立荻浜小学校の旧木造校舎の床に、高さ10センチ前後の木像がずらりと並ぶ。現代美術家のパルコキノシタさん(52)が1カ月前から彫り続けている。「『4千人が死んだ』とひとくくりにされることに我慢できなかった。同じ数の木像を並べることで、命の重さと貴さに向き合いたかった」

 震災後、県内の仮設団地を毎月のように訪れ、絵を教えるなどボランティア活動をしてきた。

 4月、東京から仙台市に移住した。校舎がある牡鹿(おしか)半島などを舞台に7月から催される芸術祭「リボーンアート・フェスティバル」(9月10日まで)に参加することになったからだ。

 それからは黒板に津波の白い跡が残る教室で、地元のスギの木をノミで人の形に似せ、目と鼻と口を刻んできた。1日に彫るのは約40体。「友だちを津波で亡くした」という高齢の女性は知り合いに手を取られながら教室を訪れ、木像を無言で見入った。1時間以上、立ったまま涙ぐむ人も。小学生の子ども2人を連れてきた母親は「みんな笑顔の木彫りなのでほっとした」と語った。

 身内に犠牲者がいる被災者がどれだけ訪れたのか、わからない。「いまだに前に進めず、時間が止まったままの人も多い」

 ノミは刃が1センチほど短くなった。木づちは割れ、4個目だ。芸術祭が終わり、牡鹿半島に移り住むことを決めた。「最後の一体まで完成させる。大震災で犠牲になった2万人近くの木像にも挑みたい」と話した。(岡本進)