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 生後6カ月の間に2度の大きな手術を受けた井口陽夏乃(いぐちひなの)ちゃん(2)は、母親の幸司(ゆきじ)さん(33)の肝臓の一部をもらって命をつないだ。胆道閉鎖症で黄疸(おうだん)によって肌や目が黄色がかっていたが、移植後に黄疸がなくなった。集中治療室で対面した父親の実事(みこと)さん(34)は「目の白さに驚いた」と話す。陽夏乃ちゃんは今、海外旅行も行けるほど元気だ。幸司さんが闘病中に励まされたのが、移植で元気になった子どもの姿だった。

 

■「生まれる前までは幸せだった」

 2011年11月に結婚した井口さん夫婦は、早く子どもが欲しいと思っていたが、なかなか子どもができなかった。

 「このまま出来ないのかな」

 こんなことも脳裏をよぎるようになっていた2014年秋、幸司さんの妊娠がわかった。

 通っていたクリニックは急に産婦人科医が辞めてしまったため、急きょ、別な病院を紹介されて出産することになった。

 2015年7月13日、正常分娩(ぶんべん)で3180グラムの陽夏乃ちゃんが生まれた。幸司さんの希望で、出産に立ち会った実事さんは「感動的。普通に生まれてきてくれてうれしかった」と喜んだ。

 翌日から母子同室になったが、生後4日目、「明日は退院だ」と思っていたところに看護師がやってきて「検査で小児科の先生に呼ばれているので、陽夏乃ちゃんを連れて行きますね」と声をかけられた。「新生児室に行ったら、先生から話あるから」とも言われた。

 ところが、幸司さんが新生児室に行くと、目に入ってきたのは、おむつ1枚の裸で点滴を受けるひなちゃんだった。

 ショックだった。何が起きているのか分からなかった。

 看護師は「大丈夫だから」と声をかけてくるが、どう見ても大丈夫とは言えない光景だった。

 生後、看護師が毎日調べていた肝臓障害などによる黄疸(おうだん)を調べるビリルビン検査で数値が高かったのと、採血検査で炎症反応の数値が高かった。小児科医からは、「明日も数値が高かったら大きな病院に行ってもらうかもしれない」と告げられた。

 幸司さんは涙が止まらなかった。病室に戻ってスマートフォンで新生児の黄疸(おうだん)を調べると、胆道閉鎖症が出てきた。病名は告げられていなかったが、信じたくなかった。黄疸はリビルビンが肝臓で処理できないため、血液中のビリルビンの数値が高くなり、体中が黄色っぽくなる。胆道閉鎖症など新生児の病気を早期発見するため、母子手帳にも注意書きがあるほどだ。

 生後5日目、幸司さんは退院したが、陽夏乃ちゃんは「東大病院に行ってもらいます」と言われ、救急車で搬送された。

 幸司さんも、一緒に柵付きベッドで添い寝し、看病する生活が始まった。

 黄疸がでる病気はいくつかある。小児外科の助教(現・病院診療医)だった高橋正貴さん(37)は、除外診断をしながら、最悪の場合も考えた。触診すると肝臓が少し硬く、血液検査、便の色、超音波検査をした結果、「新生児肝炎などの他の疾患を考慮しつつ、胆道閉鎖症ではないか」という診断に至った。胆道閉鎖症の診断は、開腹手術をしないとできないからだ。

 胆道閉鎖症は、赤ちゃんに発症する胆管の病気で、胆管が詰まって肝臓で作られる胆汁が流れなくなる。肝臓に胆汁がたまると黄疸が出て、肝臓の組織が破壊される。腸と肝臓を直接つなぐ「葛西手術」で、改善しなければ肝臓移植しかない。胆道閉鎖症の85%を占めるⅢ型の生存率は、生後30日以内に葛西手術を受けて自分の肝臓を温存できた場合1年で78%、5年で55%だ。

 説明を受けた幸司さんは「生まれる前までは幸せだった。そこまで時間を戻すことができたら」と思った。陽夏乃ちゃんのおなかに大きな手術痕が残るのが、かわいそうだった。

 実事さんは仕事を辞め、実家の建材会社を手伝いながら毎日、東京都荒川区の自宅からバイクで文京区にある東大病院に通った。自宅に帰る途中、家族3人で見るはずだった隅田川の花火大会を目にして、涙があふれた。実事さんは幸司さんに「手術をして元気にしている子がいるから、読んでみれば」と、同じ病気の子を持つ親のブログを見るよう勧めた。

 大きな病気をしたことがない夫婦にとって、病気の難しい解説より、同じ病気の子どもを持つ家族がつづるブログの方がわかりやすかった。

 8月6日、葛西手術を受けた。2日後には、白っぽかった便の色も、緑色に変わった。うれしかった。夫婦で「30日以内に葛西手術をしたのだから大丈夫」と思うようにしていた。高橋さんからも葛西手術の前に、将来的に臓器移植になる可能性があると聞いていたが、「一生、免疫抑制剤を飲まないといけない」「またおなかを開けるのはかわいそう」と思っていた。

 病院で初めて、同じ病気の中学生の女の子と出会った。目や肌が黄色いなと思って、幸司さんが「うちの子は肝臓の病気で入院しているんだ」と声をかけた。女の子からは「私も同じ」「同じ病気だと思っていた」と言われた。幸司さんは「葛西手術をして自分の肝臓で生きている子の姿を見て、励みになった」。

 ただ、思うように改善しなかった。便は白くなってきた。「もしかしたら移植かもしれない」と夫婦で話しながらも、この時点では「移植は『募金』や『海外渡航』というイメージ」しか頭に浮かばなかった。移植は、医療の中でも一番遠い存在だった。

 9月26日に退院できたが、高橋さんの勧めもあり、東京都世田谷区にある国立成育医療研究センターの移植外来で相談の予約をした。

 

■「絶対良くしてあげる」に救われた

 10月6日、国立成育医療研究センターの臓器移植センターに移植手術のための面談に行くと、臓器移植センター長で主治医となる笠原群生(かさはらむれお)さん(51)とレシピエント移植コーディネーターの上遠野雅美(かとおのまさみ)さん(43)が、診察や対応をした。

 笠原さんは陽夏乃ちゃんの超音波検査した後、こう言った。

 「今日、陽夏乃ちゃんに会ったから、もう大丈夫。絶対良くしてあげるから」

 「(ママは)産後3カ月はドナーになれないから、パパがドナーになることになります。とにかくやせてね。次に来る時は、ドアを開けると(フィットネスクラブの)ライザップのCM音楽が流れるようにしておくから」

 脂肪肝だとドナーになれない。実事さんは20キロやせないといけなかった。笠原さんは冗談を交えながら、深刻になりすぎないように注意しながら話した。

 「難しい手術だけど、大丈夫」…

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