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 長崎の被爆者で、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員の谷口稜曄(すみてる)さんの葬儀が1日、長崎市内であった。原爆の熱線で背中に大やけどを負い、8月30日に88歳で亡くなるまで核廃絶を訴え続けてきた谷口さんに、国内外のゆかりの人から惜別の言葉が送られた。

 葬儀には200人以上が参列。長崎の被爆者で日本被団協代表委員の田中熙巳(てるみ)さん(85)は「40年間をともに闘ってきた私にとって、不死鳥のような存在だった。まだがんばってほしかった」と弔辞を述べた。

 2010年の核不拡散条約(NPT)再検討会議での谷口さんの証言を、「核兵器の廃絶をめざす国連の会議の流れが変わり始めた時で、全く時にかなったものだった」とたたえた。

 海外からも、しのぶ声が寄せられた。谷口さんは昨年3月、マレーシアのマハティール元首相の招きで「集大成の講演」と決意し、マレーシアを訪問した。マハティール氏は「これが最後の海外での平和伝道師としての活動になってしまったのは残念でたまりません。彼の崇高で高潔な核廃絶への努力が後世に引き継がれることを望みます」との言葉を寄せた。

 カナダ在住の被爆者で、1970年代から反核運動をともにしてきたサーロー節子さん(85)もメッセージで、「尊厳と決意に満ち、献身的な方だった」としのんだ。

 長崎の被爆3世で、核兵器廃絶を求める国際署名のキャンペーンリーダー、林田光弘さん(25)は「谷口さんの生き様から、原爆を見ていない僕らは原爆を悟った」と語った。東京・渋谷で9月末に予定する街頭署名では、署名の呼びかけ人の一人だった谷口さんを追悼する時間をつくるつもりだ。「谷口さんの人生を同世代にも訴え、向き合いながら運動を進めていきたい」(真野啓太、山野健太郎)