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 プロ野球史上50人目となる、通算2千安打を8日に達成した阪神の鳥谷敬内野手(36)。その偉大な記録と切り離せないのが、史上2位の1877試合連続出場だ。地道に体をつくり、試合に出続けることが、安打を積み重ねることにつながった。

 通算2千安打の偉業と、切っても切り離せないのが、史上2位の1877試合連続出場記録だ。新人だった2004年9月9日から13年間、試合に出続けている。安打の記録は意に介さない鳥谷も「自分たちは毎日試合がある。けど、見に来る人たちは、その日しか見られないかもしれない」とこだわってきた。

 今年5月24日、顔に死球を受けて鼻骨が折れ、試合中に病院に向かった。だが「次の日も出場することは、すでに本人の中で決まっていた」と関係者は明かす。その夜のうちに鼻を保護するフェースガードを手配。翌日、顔を黒のガードで覆い、代打で打席に立つと、甲子園が大歓声と拍手に包まれた。2千安打到達となった第1打席に向かうとき、鳥谷はこのときの雰囲気を思い出したという。

 本拠で午後6時試合開始だと、午前のうちに甲子園に到着し、トレーニングに励む。36歳になり、思うように動かない筋肉もある。それでも若い頃からの習慣を続けることで、ケガに強い体を手に入れた。

 その「ストイック」とも言える姿勢にスイッチが入ったのは、早大2年のときだった。東京六大学春季リーグで打率、本塁打、打点ですべてトップに立つ「三冠王」に輝いた。が、秋季は成績を落とし、「ベストナイン」の座も東大の選手に奪われた。

 当時の早大野球部監督、野村徹さん(80)は「その後、寮の自分の部屋から、遊びを消した」と振り返る。「自宅から持ち込んでいたテレビを、押し入れに封印したんだ」。全体練習後も食事後も、自主練習を欠かさなかった。

 「努力って、どこまでしたらいい?」。早大時代、同学年で学生コーチを務めていた竹内智一さん(36)は鳥谷からこう言われたことを覚えている。「努力に『合格』はない。鳥谷は自分に『合格』をあげられないんです」と竹内さん。

 大学時代に培った野球への向き合い方が、妥協を許さない自分を形成した。プロ通算2千安打に達しても「数字を追うタイプじゃない。毎日試合に出続けて、チームの勝利に貢献したい」と鳥谷。野村さんは「今の地位に甘えがない。練習が好きなのは、『まだまだ未熟』と思っているから。謙虚な男だよ」と誇らしげに語った。(井上翔太