大和銀行(現りそな銀行)の頭取、会長を務めた安部川澄夫(あべかわ・すみお)さんが8月30日午前5時51分、肺炎で死去した。94歳だった。通夜と葬儀は近親者で営まれた。喪主は長男威(たけし)さん。後日、「お別れの会(仮称)」を開く予定。

 1947年、大和銀行の前身の野村銀行に入った。当初から「プリンス」と呼ばれ、入行翌年には同行初の外国為替業務を手がけるなど、将来のトップ候補といわれた。

 84年に大和銀行の頭取に就任。主力銀行として取引があった三光汽船の倒産処理で銀行団をまとめ、商社の協力取り付けに手腕を発揮した。海外拠点の充実にも力を入れ、89年には英ロイズ銀行の米国支店網を買収するなど国際化を推し進めた。

 人脈の広さでも知られ、三重野康・元日銀総裁や長岡実・元大蔵事務次官、大西正文・元大阪ガス社長らと親交を結んだ。頭取、会長時代を通じて対外活動にも積極的で、大阪商工会議所の副会頭として「国際花と緑の博覧会」のPRや関西空港建設の推進などに携わった。95年6月には旧関西国際空港会社の会長にも就任した。

 だが95年秋、大和銀行ニューヨーク支店で米国債の不正取引による巨額損失事件が発覚。米国からの全面撤退に追い込まれ、責任を取って会長を辞任、公職からも退いた。この事件をめぐる株主代表訴訟の一審判決で1億500万ドルの巨額賠償を命じられ、控訴審で争っていたが、2001年12月に和解した。