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 今年の夏は暑かった。雨も多かった。蒸し暑かった。冬は積雪90センチ超えだったから、夏はせめてと思ったのに、鳥取は国内最高気温ランキング堂々の2位だった日もあって、がんばるならどっちかに、と思った。

 例年、盆の前から鳴き始めるツクツクボウシ、今年は鳴かない。ヒグラシは好調だったのに、と思ったら20日過ぎてから「ツクツクホーシ、ツクツクホーシ」が山に、街に響き渡った。「ミンミンミーン」の独唱も混じる。蝉(せみ)の声からわが郷土の、この地上の平安な部分の残存を耳打ちされた気がする。

 8月5日の土曜日の夕暮れ、海の近くの患者さん宅から往診依頼。その帰り、行くなら今かと思った。岩美町の網代(あじろ)から田後(たじり)へ向かう海沿いの山道で、点滴箱にかけていたタオル1枚取って、車を降りた。路上に車なく、眼下の海は波なくおだやか。黒アゲハが1匹横切った。岩場の細道を登り、急勾配の道なき道を下り、湾状の海辺に着いた。帰り支度の3人家族が1組だけ。

 岩陰で運動靴を脱ぎ、脱衣しパンツ一丁で海に入った。クラゲはいない。足が届かなくなる所で泳ぎ始めた。目の前20メートルの小さな島まで。海水が心地よく体を包む。40年前と岩も変わらず、空も変わらず。自分も変わらぬ気で泳いだが、ハーハーと息切れ。

 島に座った。夕陽(ゆうひ)は水平線の上、橙(だいだい)色できれい。鏡のような海、雲なく橙と紺のグラデーションの空。ドブーン、次の島まで30メートル。3人組も帰り、誰もいない。ひとり占めの日本海の一角。「生きてるわ」と思った。「皆が無事で」と願った。

 岩場の上に群生するキスゲを見ながら、無事に海辺に泳ぎ着いた。日は沈んだ。若者の声がした。携帯に着信ランプなし。至福の夏の一瞬。(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。